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41.カンティア宴会編 迷い



 セフィライズはルードリヒの件を伏せ、リシテアに相談した。彼女を宴会に参加させる権限がないのだから、仕方ない。リシテアは何の疑いもせず、むしろ大喜びといった雰囲気でセフィライズの提案を了承した。彼女のためのドレスも用意しているのだと、嬉しそうにしているリシテアを尻目に、セフィライズはどう反応すればいいかわからないでいた。


 自室に戻り、今日という出来事を思い出す。服を雑に脱いでベッドへと放り投げ、襟付きのシャツに手をかける。ボタンを外し、前を開けた状態で服に覆いかぶさるようにベッドへと倒れ込んだ。

 現実は変わらない。異質な腫瘤は彼の心臓付近に付着したままだ。それに手を当て、目を閉じる。


 いつかが、もうすぐなら。残された彼女が生きやすいようにしておくのも、仕事のうちなのかもしれない。そう、思った。


「なんだ……これは……」


 自身の手を持ち上げ、見る。握りしめながら、顔を歪めた。

 知らない、こんな気持ちを感じたことがなかったから。これが何か、わからない。


 目を閉じると、隣りにいる。笑顔で振り返るスノウの姿だ。しかしそれは、当たり前ではない。

 無くなるものだ。手放さなければいけない。彼女を想うのなら。



 無くしたくない、と思うのは……わがままだ。







 宴会の日まで、セフィライズは庭園で本を読んで過ごした。その隣で、何の違和感もなくルードリヒから借りた本を読む彼女。たまに、これはどういう意味ですか? これは、なんと読みますか? といった質問をされる事がある。それに答える程度の会話しかない。

 返答をすると、スノウはとても嬉しそうに笑う。新しい事を知る楽しみを感じている様子だった。その姿をなんとなく眺める。

 考えてしまう、今後の事について。彼女に伝えたら、なんというだろうか。例えばここに残って、学校に行ってみるのもいいのではないかと提案してみたら。しかし、彼女の解答がなんとなく見えていた。きっと遠慮するだろう。断るだろうと。


 スノウにとって、いい選択とは、なんだろうか。


「セフィライズさん、どうしました?」


「……楽しいのかな、と思って」


「本ですか? 新しい事を知るのは、とても楽しいです」


 探し求めれば、見つかるかもしれない。世の中には、知らない事がたくさんある。未知のものも見つかるかもしれない。求めれば、きっと。いつか彼が隠している事を、聞けるかもしれない。何かから逃げている彼を、助けられるかもしれない。いつまでも受け身で、何もしないで生きていくのではない。スノウ自身から動かなくては何も変えられない。

 自己研鑽と嘘をついている。本当は、全てセフィライズの為だ。でも、それが理由だといえば彼の負担になる。だから、本当の本当はスノウ自身の為だ。助けたいと願っている、自分自身を満足させる為の、選択。



 再び本の文字を追う彼女。その姿を見ながら、セフィライズはルードリヒの言葉を思い出していた。


 ーーーー彼女はあなたに気があるように感じまして


 どうなのだろうか。意識したことがなかったから、わからない。スノウは誰とでも同じように接している。うまく話すし、嫌悪や悪意を人に向けることもない。感情に浮き沈みがあるようにも見えないし、いつも明るくて、いつも楽しそうにしている。

 セフィライズのような、あまり人と馴れ馴れしくしないような人間と一緒にいるから、そう見えただけなのではないか、と思う。それとも、ルードリヒと二人でいるときに何か。そう思わせるような事があったのだろうか。


 もしも、そうだとしたら。どう、するだろうか。


「……どうしましたか?」


 今日は、なんだかとても見られているなとスノウは思った。再び不思議そうにセフィライズを見る。その目を、どこかで見た気がした。彼の銀色の瞳が、まるで月のように、冷たくて怖く見えたのに、何処か寂しそうな色をしている。


「ここに……」


 ここに、残る気はないか。

 続ける言葉を、セフィライズは止めた。


「いや、今日は……いつもより、少し髪がはねているなと、思って」


 手を伸ばし、自然と外にはねる、柔らかい彼女の金髪を指でなぞった。手をのばせはすぐ触れられる距離にいるのだと、指の間をすり抜けた髪の感触で実感する。


「そんなに癖がついてますか?」


 スノウが恥ずかしそうに髪を撫でる。押さえつけるように何度も何度も。顔を下に向け、少し頬を赤らめて。その仕草を見て、思ってしまった。本当に、唐突に、今まで知らなかった感情が。


 愛おしい、と。




 そう感じた時、驚いて自身の手を見た。指の間をすり抜けた髪の感覚がまだ残っている。


「大丈夫ですか?」


 そう声をかけられ、我に返る。何を考えてしまったのだろうか。

 心配そうにしている彼女を見て、ただどうしても、見つめ返すことはできなかった。


「ごめん、なんでもない」


 目を伏せ、別のところに視線を移す。その先には、黄色いガーベラの花が咲いていた。







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