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40.図書館編 特別な話



 ある程度他愛のない雑談を終える。帰ろうとするセフィライズを、ルードリヒが呼び止めた。


「少し、二人きりでお話がありまして」


 小さな声で言われて、セフィライズは考えた。ふたりきりということは、スノウに聞かれては困る内容、ということ。


「スノウ、私はベッケンバウアー侯爵に図書館を案内してもらってから帰る。君は先に戻っていてくれないか」


「わかりました」


 何の疑いもせず、スノウが先に失礼しますと頭を下げて去っていく。それを見送り、セフィライズはルードリヒを見た。


「何か、ございましたか」


「失礼ですが、セフィライズ殿は彼女と、どのようなご関係ですか」


 思わず、は? と言いそうになる言葉を飲み込んだ。どのような、と言われても。


「彼女は、仕事上で部下にあたりますね」


 質問の意図がわからなくて、答え方を間違っただろうかとセフィライズは思った。


「なるほど。実は私が思うに、彼女はあなたに気があるように感じまして」


「は?」


 今度は、飲み込めなかった。セフィライズにはルードリヒが一体、何の話をしているのか全くわからず困惑する。


「それは……ないかと思います。彼女は、誰とでも人当たりよく話しますので」


「なるほどなるほど」


 ルードリヒが含みのある笑顔を見せる。その表情に、セフィライズは違和感を覚えた。今している会話は、まるで目的が別だ、と言っているように見える。


「安心しました。両思いでしたら、恋路の邪魔になりますからね」


「それは、どういう……」


「実は、私は彼女に一目惚れしまして。ぜひ結婚を前提にお付き合い頂きたいと思っているんですよ」


 ルードリヒの言葉に、衝撃を受けた。セフィライズは一瞬彼が何を言っているか理解できない程。視線を逸らし、真っ白になった頭を必死に動かそうと首を振った。


「彼女の出自は、ご存じですか?」


「ええもちろんです。そんなことは関係ありません。私は愛してしまいました、彼女のことを」


 侯爵という立場。どう考えてもスノウでは立場が釣り合わない。正直、今までの会話から考えてもルードリヒの発言を疑うセフィライズがいた。彼女が、治癒術師だからなのではないかと。


「ああ、そうですよね。そうですよね。安心してください、彼女の能力が欲しいわけではありませんよ。そうですね、証明する手立てはありませんが。私は本気です。来たるカンティアの第一王子婚姻の祝いに、ぜひ彼女を連れてきて頂けませんでしょうか」


 セフィライズが話さずとも、彼の疑問に気がついたルードリヒが苦笑しながら丁寧に釈明する。


「私の権力、地位、女性を幸せにするには申し分ないと自負しております。十分に、彼女を守れます。もしよろしければ、セフィライズ殿からもそれとなく促してはいただけませんでしょうか」


「……ええ、それは……しかし、スノウが決めることで。私がどうこう、できることではないかと」


「存じ上げておりますよ。必ず彼女を振り向かせる自信があります。協力していただければ、と思った次第ですよ」


 話はそれだけです、とルードリヒから笑顔を向けられ、セフィライズも社交辞令として笑ってみせた。しかし、内心はとても複雑で、言い表せない程動揺している。その理由がわからないまま、ルードリヒと別れた。


 図書館を出ると、道の端にスノウが立っていた。嬉しそうに手を振って走り寄ってくる彼女に、どんな表情を向けていいかわからなかった。


「早かったんですね。よかった」


「先に、帰ってなかったのか」


「はい、一緒に帰ろうかなと、思ったので」


 スノウは心配だった。見ていないところで彼に何かあったらと思い、外で待っていたのだ。彼の雰囲気が先程と違うことに首を傾げる。セフィライズが何も言わず歩き出してしまうので、スノウは小走りに彼の隣に並んで歩いた。無言で下を向いている彼を何度も見る。


「何か、ありましたか?」


「いや……」


 何もない。セフィライズ自身には何も。だというのに、何故こんなにも動揺したのかがわからなかった。実際、いい話ではないかと思う。

 カンティアは気候も落ち着いている。どこかの国と対立しているわけでもない。治安もかなりいい方だと思う。そしてルードリヒは侯爵という立場。地位も権力も申し分ないのは誰が見てもわかる。逝去した父の跡を継いで、カンティア国立教導院の責任者であり学長でもある。唯一無二なだけに、派閥争いなどに巻き込まれる危険性もなさそうだ。

 セフィライズは隣を歩くスノウを見る。これは彼女が決める事だから、自身には全く関係ない。関係ないが。


 今、隣を歩く彼女が、いつから当たり前だと感じるようになっただろうか。しかし、その当たり前は一瞬で無くなるものだと思った。もし、もしも、彼女がこの話を受ければ、スノウをこの国に置いて帰ることも視野に入れなければいけない。こうやって隣を歩く当たり前は、もうなくなるかもしれない。


「セフィライズさん。わたし、もう少し勉強しようと思うのです。自分の、治癒の力について。もっと学んで、色んな人を助けられたらいいなって、思うんです」


「そうか……」


 彼女の言葉を聞いて、セフィライズは微笑んだ。

 選ぶのは彼女だ。もしも学ぶのならカンティアが一番であるのは事実。スノウは一般従者というのもあり、アリスアイレス王国から留学対象者として選ばれるには、それなりの努力がいるだろう。出自を考えれば、まだまだ貴族層や一部の特権のようなところもある為に、難しいのかもしれない。

 セフィライズからカイウスに相談してみる事もできる。しかし、留学許可が出る自信はなかった。

 ならば、後ろ盾が必要だ。

 彼女の望みと、ルードリヒの望みは、一部合致しているのかもしれない。スノウをこの国に残していくのなら、あとは二人が決めることなのだから、まったく関係のない話だ。



 一歩先に進んだ彼女が嬉しそうに笑いながら振り返る。西日に照らされた彼女の髪が、とても輝いて見えた。







本作品を読んでくださり、ありがとうございます。

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小説家になろうで活動報告をたまにしています。

Twitter【@snowscapecross】ではイラストを描いて遊んでいます。

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