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39.図書館編 侯爵




 朝からセフィライズは正装を身に纏い降りてきた。スノウのものとは違う、ダンスを一緒に踊った、本番さながらの練習をした時に着ていた服だ。腰には剣を帯び、片手には頭につける布飾りを握っていた。スノウを見つけると前まで歩いてきたセフィライズは、布飾りを前に突き出しながら口籠る。

 スノウはすぐに彼が何を言いたいか分かった。


「座ってください。すぐやりますから」


 椅子を引いて促すと、彼は申し訳なさそうに座る。櫛と紐を持ってきたスノウは彼の髪を丁寧に解いた。たまに引っかかりながらも、綺麗に撫でられていく髪は、朝日にあたって輝いているように見える。繊細で、とても美しいとスノウは思った。


「朝からいちゃついてるわね」


 リシテアが遠くでため息をつく。二人が仲睦まじい事に、嫉妬なんて感じていないのだけれど。なんだか胸が騒めく。いいなぁという目で眺め、ダラダラと体を椅子にもたれさせていたら、通りかかったミジェリーに叱られてしまった。それでまた、口を尖らせて文句を言いそうになる。


「できましたよ。セフィライズさん」


 頭の高い位置でくくり、手渡された布飾りをつける。立ち上がった彼は、すぐ見上げないといけなくなってしまった。赤い布を主に使い、金糸で縁取られた服。白いパンツと、光沢のある黒い革の靴にもまた金糸が彩られていて。普段着ている制服なんかよりずっと高級感のあるそれは、彼を別人にしていた。彼の首元の襟を整えるように手を伸ばす。胸元には、アリスアイレス王国の紋章と紅の宝石を頂いた装飾品が飾れていた。


「とても、素敵です」


「あぁ、うん……ありがとう」


 ふわりと暖かな笑顔を向けてくる彼女を、セフィライズは直視できず視線をそらした。








 図書館への道のりを二人で前後になり歩くと、久々に彼の見る世界を垣間見た。髪色を隠さず、アリスアイレス王国の人間とわかる姿で移動しているのだから。当たり前といえば当たり前だった。道行く人が彼が何者かを理解して、そして異質なものを見る目を向けてくる。コソコソと話をする人達。その異様な雰囲気、彼は気に留めてもいない。

 しかし、スノウは。スノウはまだ、慣れない。俯きながらたまに耳に届く声に、心が痛んでしまう。下を向きながら歩いていたから、彼が立ち止まったことに気が付かずにぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさい」


「隣を、歩こうか。後ろは、少し……」


「はい」


 隣に並ぶ。見上げた彼は、照れたように笑っていた。




 図書館に着くとすぐに受付が走りより、応接室まで案内された。先に座って待っていると、前回と同じくコーヒーが出される。スノウは砂糖とミルクを入れて金色のスプーンで丁寧に混ぜた。彼はそのまま飲むものだから、苦くないのかな、と思う。


 しばらくするとルードリヒが入ってきた。セフィライズは真っ直ぐ立ち上がり、彼に向かって頭を下げ、右手を胸に手をあて敬礼を取った。


「初めまして。ルードリヒ・ベッケンバウアーです。この度は、ご足労頂きまして」


「いえ。初めまして。アリスアイレス王国第一王子親衛隊所属、セフィライズ・ファインです」


 ルードリヒはセフィライズから差し出された手を握り、握手をする。しかし、彼は首を傾げた。


「セフィライズ・ファイン殿、ですか?」


「はい」


「白き大地の民、ですよね。お名前が短いようですね」


 ルードリヒの指摘に、セフィライズの顔色が曇る。スノウは何の話をしているのか理解できなかった。名前が短い、とはどういう意味なのだろうか。


「私が知る限り、白き大地の民にはミドルネームが入るはずですが。お名前の後に、母方の性、父方の性と続いたはず」


「博識ですね」


「これでも、国立教導院の責任者ですからね」


 スノウから見るに彼は無表情であったが、あまり触れられたくない話題なのは察しがついた。言葉を探すように視線を動かした彼は、間を開けてからルードリヒを見る。


「……フルネームを名乗れず申し訳ありません。ですが、片方の性は、すでに無かったものとしておりますので」


「そうでしたか。いえ、かまいませんよ。座ってください」


 ルードリヒが何事もなかったかのように笑っている。スノウとセフィライズは椅子に座り、相手は対面に座った。

 スノウは横にいるセフィライズの表情を見る。初めて知った、名前のことを考えて。彼が隠しているものは想像しているよりも沢山ある。そう考えればスノウ自身、何も知らないのだなと実感した。彼のことを、何も。


「お父様のハンネス・ベッケンバウアー侯爵には大変お世話になりました。滞在中にご挨拶したいと思っておりました」


「そうなんですね。実はつい二週間程前に逝去してしまいまして。本当に急な事でしたので、まだ慌ただしくしております」


「そうでしたか」


 スノウはただ座って彼らの会話を聞く。驚くほどセフィライズがちゃんと受け答えをしていた。失礼かもしれないが、だらだらと、どうでもいい世間話をする人ではないから。表情も比較的柔らかく、はっきりと受け答えをしている姿を見て、スノウは妙に鼓動が早くなっていくのが分かった。

 いつもと、違う、と言うのは。こんなにも、ドキドキするものだとは思わなかった。


 しばらくして、昨日ルードリヒから聞いた『大いなる願い』と『世界の中心』の話になる。昨晩スノウが聞いたのと同じような内容を答えていた。ルードリヒは『大いなる願い』が思っていたものと違って、とても残念そうにしている。


「失礼ですが、なぜそのようなものを、必要とされるのでしょうか」


「治癒術に大変興味がありまして。どんな病も、怪我も治せる。素晴らしい事だと思います。慈善事業として検討もしているんですよ」


「なるほど」


 ルードリヒは今後の医療についての話を広げる。真摯に病や怪我に対して向き合っている、とても印象の良い会話だった。彼は他にも今は無き白き大地の文化や当時の話を細かく聞いていた。

 スノウ自身も聞いたことがないぐらいの内容だったが、彼は言葉を濁すこともなく淡々と受け応える。しかし家族についての話題になると、途端にセフィライズは口籠もった。兄の話に少し触れる程度で、全て「幼かったので」という言葉で隠してしまう。


 シセルズから聞いた彼の家族は、セフィライズを産んですぐ無くなったお母さんと、お兄さんのシセルズとお父さん。どんな子供時代だったのだろうか、どんなふうに今まで生きてきたのだろうか。

 スノウは隣に座る彼を見る。光に照らされて、彼の髪は特別な色を放っている。真っ直ぐな銀色の虹彩に光が入って、七色のゆらめきが見えた気がした。


 隣に、当たり前に座る彼を。

 何度見ても、とても好きだと思った。














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