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38.図書館編 大いなる願い



 戻ると庭に据え置かれた椅子にセフィライズが座っていた。西日に照らされた銀髪が、橙を反射して別の色に見える。スノウは彼の姿を確認した瞬間、心が震えた。起きて、そこにいる。それだけで本当に嬉しくなって、駆け寄った。


「セフィライズさん!」


 声をかけ、振り向いた彼はいつもと変わらない表情だった。


「おかえり、スノウ」


「お体は、もう……大丈夫ですか?」


「あぁ、うん。ありがとう」


 セフィライズは彼女が両手に抱える書籍を不思議そうに首を傾げて見た。スノウが今日の出来事を説明する為に、彼の隣に座る。彼との間に、本を重ねて置いた。彼はスノウの置いた本を一つとり、何気なくめくりながら話に耳を傾ける。


 ルードリヒの事、治癒術の事、世界の中心の事。途中、彼は少し考えるように眉間に皺を寄せた。


「スノウ、もし、君が……」


「違います。これは、自己研鑽の為です」


 セフィライズが何を言うか分かったから、すぐに言葉を重ねた。彼の胸の腫瘤を見てしまったから。それを癒したいと心から願っている。しかし、その為ならやめてほしいと彼なら言うだろう。


「……わかった」


 セフィライズは何を言っても無駄だろうと思った。それに、自己研鑽にはなる。彼女の能力が向上するのはいい事だ。胸に手をあて、目を閉じる。どんなに彼女が尽くしても、無意味だと知れば、どう思うのだろうか。


「それで、明日。ルードリヒさんに会って頂きたくて」


「なるほど……確かに、ベッケンバウアー侯爵の依頼なら、無下にはできない」


 カイウスから会話をするようにと言われている人物のリストの中にも名前があった。印象よく、情報交換するのも仕事のうちだ。


「それと、セフィライズさん……『大いなる願い』って、ご存知ですか?」


「……その言葉をどこで……。いや、ううん。『大いなる願い』は、よく『世界の中心』と混同されやすいものだけど。私達はそれを、魔術の神イシズが手に入れたかったもの、という理解をしている」


 セフィライズに話したくない、という雰囲気はなかった。スノウがこの言葉を知っている事に違和感を覚えている節はあったが、それ以外は彼の態度に変わりはない。


「手に入れたかったもの、ですか?」


「あぁ、うん。魔術の神イシズは、元々はハーフエルフで、『大いなる願い』を叶える為に魔術の基礎を築いた。当時は世界樹があったとはいえ、腐敗し世界は汚れていた。それを浄化したとも言われている。そのせいで、世界樹は枯れた、とも。だから創生と魔術の神、と言われいる」


 淡々とした物言いで、どこにも違和感を感じなかった。彼にとって『大いなる願い』というのは、たいして気にするものではない、ということ。しかし。


「では『世界の中心』については、どうですか?」


 そのスノウの言葉に、セフィライズの雰囲気が変わる。ああ、これは、彼が聞かれたくない事を、聞かれた時のそれと一緒だと思った。


「……今は、ないよ」


 言葉数が少なく、声も小さくなる。伏し目がちな瞳が、日が沈み紫と橙に染められている空を見上げた。今は、ない。ということは、かつてあった、という事。そしてセフィライズは言いたくないが、他にも知っている、という事がスノウにはよくわかった。


「急に、どうした?」


「いえ、これも……自己研鑽です」


 セフィライズの話を聞くに『大いなる願い』にはルードリヒが言うような秘術ではなさそうだと思った。しかし、『世界の中心』は……。


「スノウ、君には……いや……『世界の中心』は、確かに人が欲するだけの言い伝えがある。でも、無闇に手にしていいものじゃない。身を滅ぼすだけだ。考えるのはやめたほうがいい」


「わかりました……ごめんなさい。変なことを、聞いてしまったみたいで」


「いや……」


 セフィライズは無意識に胸に手を当てていた。いつでも、誰でも、必ず聞かれる。『世界の中心』の事を。それだけ魅力的で、誰しもが欲しがるだけのものがある。だから、手に入れたのだろう。

 そのせいで白き大地の民は滅んだ。現世に、存在してはいけないもの。夢想だからこそ憧れるものだから。


「少し冷えてきたな。戻ろう」


 いつしか日が沈み、自然と灯った魔導人工物(アーティファクト)の光が、二人の影を浮かび上がらせる。


「はい」


 スノウは、彼が傷ついた顔をしているのは何故だろうと思った。でもきっと、いました話は明日もルードリヒの前でしなくてはいけない。それは彼も分かっている事だろう。

 聞いてしまった事を、ほんの少しだけ後悔した。




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