36.図書館編 図書
リシテアからもらった一筆を持ち、正装を身につけてスノウは国立教導院の図書館へと赴いた。リシテアには、レンブラントが察してくれたおかげでセフィライズの事を伝えずに済む。何かを聞きたいのは、スノウだけではない。しかし、聞き出す、という方法が愚策である、という事はよくわかる。そう思ったのはきっと、レンブラントも一緒なのだろうと感じていた。だから、スノウの話に合わせてくれている。
図書館への道のりは、街中と違い丁寧に作り込まれた貴族街の街並みを抜けた先にあった。赤いレンガ作りの重厚感漂う図書館。黒縁の窓が等間隔に並び、青々しい蔦が壁面を這う。
スノウが真っ直ぐ図書館へと向かうと、学生と思わしき青い制服の人達とすれ違った。彼らは皆スノウを見て、驚いた顔をしている。髪色と、多分正装のせいだろうと思った。アリスアイレス王国だとわかる、金糸で描かれた特徴的な紋様と赤い生地。今彼女は全身で、自らの身分を証明しているのだ。
図書室に入ると、中は荘厳かつ引き締まった空気を感じた。多くの人が静かに本に向き合い、ずらりと並べられた椅子に座って本を読んだり、勉学に勤しむ姿が見られる。
入ってすぐ右側に、総合案内と書かれたカウンターが合った。スノウはとりあえずそこへ向かい、カウンターの中にいる女性に頭を下げる。
「あ、あの。治癒術について、調べたいのですが。どのあたりにありますでしょうか」
「はい。アリスアイレス王国の方ですね。カンティアへようこそ」
カウンター内の女性は慣れた表情で頭を下げる。スノウに誰かと約束があるのか、ここに来るのは初めてか、といった事を聞いてきた。カンティアのこの図書館は各国でも有名らしく、来賓を案内したりする事もあるのだ。
「一人です。ここには初めて来ました」
「かしこまりました。えっと、治癒術……でしたね」
カウンターの女性が館内の地図が描かれた木板を見せようとしてくれた時、後ろを通りかかったすらりと背の高い男性が足を止める。スノウの方に近づいてきて、カウンターに肘をついた。
「お嬢さん、治癒術に興味があるのですか?」
そう声をかけられ、スノウはその男性を見た。栗色の髪は緩やかにカーブしていて、同じ色の瞳は切長で整った顔立ちの男性だった。何やら近づいただけでとてもいい匂いがする。着ている衣服から一般人でない事がすぐわかった。誰かわからないが、きっとすごい人だと思ったスノウが敬礼の形をとり頭を下げる。
「ベッケンバウアー侯爵!」
カウンターの中の女性が非常に緊張した面持ちで頭を下げる。それに対して、侯爵と呼ばれた男は手を軽く立てて静止した。
侯爵というからにはすごい人なのだろう。スノウはどうしていいかわからなかった。公人としての対応はしっかり習ったけれど、初めての事で緊張する。しかも、一人でなんて。いつもは隣に彼がいる。そう思うと、切なくなった。
「実は私も治癒術に大変興味がありまして。お嬢さんは、どうして調べようと思ったのですか?」
「はい、あの……私が、治癒術師、なので。その、自分の能力を、把握したくて」
「あなたが、治癒術師? お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「はい。スノウと申します」
ベッケンバウアー侯爵と呼ばれたその男は、目を丸くしながらスノウを見た。なるほど、という。小さな呟きが聞こえる。その反応に強い違和感を覚えた
「失礼しました。わたしはカンティア国立教導院の責任者をしています、ルードリヒ・ベッケンバウアーです。スノウさん、よろしければ私と少し、治癒術についてお話ししませんか。私も最近興味がありまして、今学んでいてる途中なのです。是非ご本人のお話もお伺いしたい」
責任者というのだから、学長? みたいなものだろうとスノウは思う。それにしては若い。自分の少し年上だろうかというぐらいの若さだと感じた。ただ、気品のある服装と立ち居振る舞いが若さを品よく隠している。
「はい、あの。私でよろしければ。ぜひお願い致します。ベッケンバウアー侯爵」
「ルードリヒで構いませんよ。あなたにとても興味があります。ぜひお友達という立場で接して頂きたい」
お友達と言われても、それを素直に受けとっていいのかスノウには判断つかなかった。しかし、こんなにすごい人からの申し出を無下にするのも間違っているのはわかる。少し考えて、スノウは髪を撫でるように触った。
「あ、の……では、ルードリヒさん。よろしく、お願い致します」
「ええ、よろしく」
ルードリヒから差し出された手を、スノウは握り返した。




