35.図書館編 秘密に
「君は、見た、、のか?」
苦痛に歪みながらも、苦しげな吐息が混じりながらも、伝えられる言葉。スノウは真っ直ぐに目を見て、頷いた。
見たのか。それはきっと、胸にある腫瘍の事だろう。あの時、あの燐光の谷で、見てしまいました。あなたが、隠したいものの、一部を。
「誰にも……、言わないで、欲しい……」
「……わかっています。誰にも、言いません」
口止め、されるだろうことはわかっていた。どうしてこんなにも、自分だけで抱え込もうとするのかわからない。けれど、多分、彼が一番嫌がることだってわかっている。
シセルズさんは、知っているんですか? と、言いそうなる。その言葉を、止めた。彼からの答えは貰えない。もっと、もっと頑張らないといけないと、スノウは思う。彼の心の、近くまで……もっと。
「でも……ここにはいます」
出ていってほしい。一人になりたい。そう返事が来るのは、もう分かりきっていた。彼が口をひらくよりも先に、強く握りしめられる拳に手のひらを重ねる。
「セフィライズさんは、出ていって欲しいって、思っているとわかっています。でも……わたしは、そばに。いますね」
痛みに震える背をさすり、自身のポケットからハンカチを取り出す。セフィライズの額に浮かぶ汗を拭いて、長い銀髪をかき分ける。目が合った。苦痛の中に、彼はうっすらと笑ってスノウを見る。
「……君は、何を言っても……。相変わらず、頑固だ」
そう言って、彼は少し笑った。
「そうですよ。もう、とっくの昔に、ご存知ですよね」
何言っても、譲らないのだろう。セフィライズはため息混じりに苦笑して、横を向きながら口元を抑える。
本当は、心のどこかで。
一緒にいたい。と、思っている自分がいる事に。
気がついている。
でもそれは、とても傲慢で、許されない事だと思った。
『救われると、思うな』
胸を強く押さえ、再び痛みに耐える彼のそばで。スノウは背をさするのをやめ、両手を広げて覆いかぶさるように抱きしめた。
何もできない自分が歯痒い。癒しの力を持ってしても、彼の特殊な生まれがなければ、結局は何にもできないのだと痛感した。
「ずっと、います」
自分に言い聞かせるように、小さな声を出した。
長く苦痛に耐えていた彼が、大きく息を整えながら寝返りを打つ。胸の辺りを押さえながら、疲れ切った表情で目を閉じていた。それをただ、そばで眺めているだけ。手をとり、汗をふき、気持ちを込めるだけ。
次第に痛みが引いていったのか、表情が落ち着いてくる。スノウは目を瞑ったままの彼の呼吸が段々と深くなるのを確認した。気がつけば、もう日はかなり高い。
眠りに落ちたセフィライズの毛布を整え、スノウは目を閉じる。胸の奥からとめどなく湧き上がる恐怖。
やるべき事は、ひとつしかない。
「セフィライズさん。わたしは……わたしは必ず」
思い返すのは全て。出会った時からの、全て。絶望の淵で、何もかも諦めて、流されて。それでいいと思っていたスノウ自身の背を、優しく不器用に押してくれた。手を、差し伸べてくれた。だから。
「今度は、わたしが」
眠るセフィライズの手をつかみ、自身の額に当てる。誓いをたてるように、必ず、と……もう一度つぶやいた。
スノウはゆっくりと外に出る。右を見て、左を見るとそこにはレンブラントが無言で立っていた。気配が全くなかったので、スノウは思わず心臓が飛び出すぐらい驚いて、大声を出しそうになるのを必死で我慢する。喉の奥に、変なものが引っかかったかのような妙な声が出た。
「どうでしたか?」
なんだか、全てお見通しだと言わんばかりのレンブラントがスノウへ問いかける。なんと、答えるべきか悩んだ。
「えっと……今日は、疲れているそうなので。一日お部屋で、休まれるとのことです。誰にも、会いたくないとのことでした」
「それにしては、長い間一緒におられのですね」
「え、えっと……」
レンブラントは鋭い目でスノウを見る。取り繕う言葉を探すために、髪をなでつけて視線を不自然に動かしていた。その仕草に、彼は大きくため息をつく。
「……かしこまりました」
背を向けて去っていこうとするレンブラントを、スノウは呼び止めた。
「あ、あの。あの……わたし、実は調べたい事がありまして。それで……」
「どのような事でしょうか?」
「自分の、能力について。もう少し、知っておきたいと思ったんです。カンティアは、学問の国と聞きました。それで、どうしたらいいかなと」
自分にできる事は何か。彼のために、できる事はなにか。スノウ自身がもつ、治癒術についてもっと理解を深める事。能力を高められるならそれが一番いい。そして彼を、助け出せるのなら。その方法を模索したいと思っていた。
「なるほど……でしたら、国立教導院にございます図書館にまずは行かれるのがよろしいかと思います。アリスアイレス王国の正装を身につけていけば、入れると思いますが、念のためリシテア様に一筆頂きましょう」
レンブラントは何か察しがついた表情をしていたが、あえて何も言わなかった。
スノウはありがとうございます、と頭を下げる。




