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34.花粧祭編 翌日






 夜遅くなってしまった。二人は静かに鉄製の門を開け、魔導人工物(アーティファクト)が照らす庭を通り抜けながら屋敷に戻る。音は立てなかったつもりだったが、すぐにランタンを片手に持ったレンブラントが出迎えに来た。

 彼は特に帰宅が遅い事に何か伝えてくるわけでもない。既にリシテアや他の従者達は眠りについている時間だ。


「今日は、夜遅くまでありがとうございました」


 別れ際、スノウは彼を呼び止める。振り返ったセフィライズは、無言で頭を少し下げた。彼が髪を掻き上げると、ゆっくりと髪が金髪からいつもの色へ戻っていく

。窓から差し込む月明かりに照らされて、いつもの透き通った瞳がスノウを見た。


「こちらこそ、ありがとう。おやすみ」


 そう言って、彼は与えられた自室に戻っていく。その後ろ姿を、なんとなくスノウは見送った。


 胸に手を当て、首飾りのひんやりとした感覚が手のひらに当たる。今日を思い返して。


 思い出が全て、愛しい。








 翌朝、スノウはすっかり朝寝坊をしてしまった。慌てて起き、朝食を取りに出向くと既にリシテアは暇そうに椅子に腰掛けながら足をぶらぶらとさせている。縦に長い食卓に朝食セットが二人分置かれたままになり、リシテアが食べ終えたであろう食器の最後の一枚をレンブラントが片付けているところだった。


「おはようございます」


「スノウおはよう! 遅いわよ! あなた達昨日は花粧祭に行ったのでしょう?」


 リシテアは、話相手が来たと大喜びでスノウの元へ駆け寄ってくる。レンブラントがさりげなく椅子を弾き、スノウを食事を促してくれた。

 スノウは軽い返事をしつつ、自身の座った座席の隣に、いまだ朝食の準備かされている事に疑問を抱いた。


「こちらは、どなたの分ですか?」


「セフィライズよ。あなた達、そんなに遅くまで遊びに行っていたのかしら」


 いたずらっ子のように笑うリシテアに対し、言葉を濁す。彼がまだ起きてきていない、その事実の方が、スノウの胸を抉ったからだ。


 怖い、とても、怖い。


「あの、わたし。様子を見に行きますね」


 レンブラントがちょうどスープを注いでくれたところで彼女は立ち上がった。リシテアが、そのうち起きてくるわよ、と言うもどうしても、気になってしまう。どうしても、目を覚さなかった彼が。


 このまま、永遠に目を覚さなかったら、どうしようって。本当に本当に、思ってしまったから。


 リシテアに丁寧に頭を下げ、レンブラントにも謝罪の言葉を伝えて部屋をでる。二階に上がり、彼の寝室の扉の前まで走った。白い木製の扉をノックする前に手が止まる。スノウは呼吸を整えるように息を何度も吸って吐いた。


「セフィライズさん? 起きて、いらっしゃいますか?」


 扉を叩き、声を出す。しかし中からの返事はなかった。声は届いたはずだ。彼の耳に。


「セフィライズさん。開けてもいいですか? 開けますね」


 スノウは悪いかなと思いつつドアノブに手をかける。回すのに少しばかり勇気がいった。怖かった、まだ眠っていたら。起きていて欲しい。いつものように振り返って、少し困った表情で笑って欲しい。


 かちゃりと音を立てて、金古美色のドアノブが回る。静かに開いた扉の隙間から部屋を覗き込んだ。窓のそばに備え付けられたベッドが膨らんでいる。まだ彼が眠っているという事実。部屋の中に入り扉を閉め、ベッドへと近づいた。寝息が聞こえるはずだというのに、苦しげな吐息が耳に届く。

 小走りに近づき、覗き込もうとすると布団を巻きつけうつ伏せになりながらうめき声を溢す彼の姿だった。


「セフィライズさん!」


 手を添え、抱き締めんばかりに近づく。うつ伏せの彼が心臓付近を強く抑えている事に気がついて、スノウはずしりとした痛みを胸に覚えた。彼の、腫瘤を、思い出したからだ。


「痛いんですか? その、それが……痛いんですか?」


「スノウ……」


 セフィライズが歪んだ視界でみたのは、心配そうにしている彼女だ。会いたくはなかった。見られたくはなかった。

 治癒術を施そうと手を彼の背に当て息を吸い、詠唱の言葉を述べる。スノウの中から溢れてくるマナの光を、心を込めて、思いを込めて彼へと注いだ。最後の文を綴ると光が弾け、再びセフィライズを見るも、何も変わった様子がない。


「ど、どうして……」


 まさか、また奪ってしまったのかとも思った。何も変化がなくて、まるで治癒術が使えなくなってしまったのではないかという錯覚すら覚える。

 スノウは再び彼の背に手を当て、優しく擦る。額に汗を浮かべながら、必死に痛みに耐えている彼の気持ちをを慮って。


 どうしてなのか、あなたは知っているのでしょうか。その理由を、教えてくれませんか。そう、声を出したくなった、でもきっと、聞いても何も教えてはくれない。

 ただ「大丈夫ですよ」という言葉を吐くしかない。


「聞いても……」


 溢すように、小さな声で呟く。うつ伏せの状態の彼が、首を横にむけ長い髪の隙間からスノウを見た。その瞳を、スノウは真剣な目で見つめ返す。何も言わない、きっと、何も。


「君に、は……関係のない、事だよ」


 幾度となく聞いたこの言葉は、鋭い刃物となって彼女の言葉を刻む。どんなに、想いを込めても。どんなに、言葉を尽くしても。どんなに、願っても。一歩、が、超えられない。高い壁が、深い谷が、目の前に立ち塞がるように。絶対に、近づけさせてはくれない。











本作品を読んでくださり、ありがとうございます。

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小説家になろうで活動報告をたまにしています。

Twitter【@snowscapecross】ではイラストを描いて遊んでいます。

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