30.花粧祭編 チラシ
カンティアの街はアリスアイレス王国とは違い赤煉瓦が主に建築材として使われている。赤煉瓦を積み上げる際に使うモルタルの白との対比で、とても美しい街並みが広がっていた。そしてその赤煉瓦を彩るがの軒先や道の植栽、ありとあらゆるところに咲いている色とりどりの花。どこからともなくいい香りがして、とても気分が明るくなる街だ。もうすぐカンティアの第一王子婚姻の祝賀が行われるとあって、街はお祝い一色に染まっている。
道すがら、人が何かチラシを配っていた。スノウは目の前に出されたそれを無意識に受け取る。見ると、花粧祭が本日最終日と書かれていた。それを少し先を歩く彼に見せると、あぁ、と思い出したかのような声を出す。
「……そんな時期か」
「何のお祭りですか?」
「名前の通りだよ」
カンティアは年中暖かく過ごしやすい気候ではあるものの、一番花が彩り鮮やかに咲く時期がある。結婚というお祝いをこの国一番の時期に合わせてくるのは当たり前と言えば当たり前かと彼は思った。
スノウはもらったチラシに書かれた文字を辿ってみる。中央の広場では催し物が開催され、飲食店が多数出店しているらしい。店舗ではこの時期にしか食べられない限定の食事を用意したり、街を歩いて謎解きのようなイベントを開催していたり。それはもう楽しそうな事がたくさん書いてある。
「夜は、空に光を飛ばすって書いてます。仄月……ってなんでしょうか」
「ああ、えっと。こういう形状で、茎に火を灯すとゆっくり光って上に登っていく植物の名前」
セフィライズは両手を使って玉を作るように動かす。
仄月は、黄色い袋状の花を咲かせる。長い茎の部分を切り取り、その先を火で少し焦がすと、灯火が茎から登り、袋の部分をほんのりと輝かせる植物だ。茎はゆっくりと熱せられ灰になっていく。光が灯ると自然と空に舞うそれは、ランタンを飛ばしているかのように暗闇の中でほの暖かな輝きを放ちながら空中を舞う。茎が燃え落ち袋の部分まで到着すると、光を失い全てが灰になって消えていくのだ。
しかし、仄月飛ばしはかなり夜遅くなる。スノウはセフィライズを付き合わせていいのだろうかと心配になった。一人でもいいのだけれど。ただ、一緒にいれたらいいな。そう思うと胸が苦しくて、胸元を触ると首飾りの青い石が手に当たる。それがまた、嬉しくて苦しくて。
「仄月飛ばしまで、付き合うよ」
何も言わなかったのに、スノウは驚いてセフィライズを見る。どうして全部お見通しなのだろうかと不思議なぐらい、たまに彼は心の中を覗いているのではないかと思う。
「ありがとうございます」
嬉しくて、嬉しくて。満面の笑みで、彼を見上げた。
二人は祭りの中心地である中央の広場へと向かう。道の途中、だんだんと人が増えていく。人を避けて歩きながら、前を歩くセフィライズと離れないようにと必死についていった。
その時、前を大柄な男性が通りすぎ、一瞬彼が見えなくなる。スノウはその後に続いた別の男性とぶつかってしまい、頭を下げて謝った。ぶつかった男性は連れの彼女と一緒に、大丈夫だと笑顔で手を振って去っていく。その後ろ姿見送り前を向くと、セフィライズの姿が見え無くなっていた。
はぐれたという事実に気がついて、早足で前に進むも見当たらない。あたりをふらつきながら、広場の入り口まで来てしまった。どうしようかと立ち止まり、再び周辺を見る。
「お姉さん、一人? 誰かとはぐれた?」
目の前を通った男性三人組の一人から声をかけられる。肩幅もあり、かなり大きな男性だった。
「えっと、はい」
「ふーん、彼氏さん?」
「え、いや……違い、ます……」
スノウは下を向きながら髪を撫で付けるように触った。
「珍しい髪色だよね」
「結構可愛いじゃん」
「こんなに人がいたらもう会えないよ。俺達と一緒に行かない?」
ああ、これが女性をひっかけるというやつか、とスノウは思った。人生で初めて、見知らぬ男性から誘いを受けている。知識としては知っていたけれども、体験してみると想像以上に怖かった。背が高く、大柄な男性三人に囲まれて、色々と声をかけられ、なんと答えていいのかもわからない。断りたくても言葉が出てこず困惑した。
「あ、の。探しますので」
「大丈夫だって、じゃあ一緒に探そうよ。ね、そうしよう」
男性の一人から腕を掴まれた。引っ張られると同時に、嫌な記憶が蘇る。もうだいぶ昔の事のように感じるのに、いまだに怖くて仕方がない。
奴隷として、捕まった、その時。同じように腕を掴まれて、強引に引っ張られた。
「ごめんなさい、わたしっ!」
「ほら大丈夫!」
「いや、待って……」
目を閉じて、必死に足を地面につけて抵抗して。怖い、とても怖い。もう戻れなくなるのではないかと思う程に。嫌だと、もう一度大きな声を出そうかと思った時だった。
「悪いな」
声がして、目を開けるとそこにはセフィライズが立っている。スノウの手を掴む男の手首を掴んでいた。
「あれ、連れの人?」
「そうだ」
男の一人が渋い顔で舌打ちをし、スノウの手を離す。なんだよとブツブツ文句を言いながらも、すんなりといなくなった。セフィライズは念のためにと姿が見えなくなるまで眺めた後、振り返ると彼女が掴まれていた手首を掴みながら下を向いて震えていた。
「スノウ?」
「ごめんなさい。その、少し……怖くて……」
あのまま連れて行かれていたら、どうなっていたんだろうかと思う。鮮明に蘇った記憶がさらに恐怖を掻き立ててくる。怖くて、怖くて。




