29.カンティア滞在編 花
「わたし、カンティアは初めてなんです。セフィライズさんは、何度か……?」
「あぁ、うん。仕事で。あと……留学してたから」
留学と聞いて、スノウは驚いた。また知らない彼の一部を聞いて、嬉しくなる。うずうずしているのがバレてしまったのか、彼から二年程このカンティアに住んでいたという話をしてくれた。
花と学問の都というだけあって、知識を得るにはこのカンティアが運営している国立教導院が最高峰。
セフィライズが留学していたのは、十八から二十の時。アリスアイレス王国から来ていると分かるように、常に制服を着用し、髪色も変えずに過ごしていた。一人暮らしを始めたのもそこが初めてで、シセルズが妙に心配していた記憶が残っている。何度かカンティアに来た自身の兄を、もてなしたりしていたように思う。
ただ、やはり見た目が白き大地の民なだけに、周りの目はかなり気になった。仕事や遠征以外はアリスアイレス王国城内で生活していたのもあり、異質なものを見る目を常に向けられるというのは、この時が初めて。
セフィライズは随分と鍛えられた事を思い出して苦笑してしまう。彼女が不思議そうに首を傾げた。
「よかったら、一緒にどうですか?」
「街に出る、という……意味かな」
「はい」
スノウの誘いを断ろうと思った。ただ口を開くよりも早く、彼女がセフィライズの髪に手を伸ばしている。毛先を摘まれ、その色を確認するかのように見られた。
「以前、茶色にされてましたね。今回も染めれば、気にならないと思います」
彼女が髪から手を離す。ひらりと胸元に落ちてきた髪を見て悩んだ。断る理由を見た目のせいにしようと思っていたが先手を打たれたからだ。何か、他の理由を探さないといけない。
「嫌、ですか?」
「……嫌では、ない」
嫌というわけではない。本当に、それは事実だ。スノウが嫌いだとか、一緒にいたくないというわけではない。ただ、何故誘われたかもいまいちわかっていないし、行く理由も見当たらない。それはつまり、断る理由も見当たらないのだ。
「よかった……」
スノウが嬉しそうに胸に手を当てて微笑んでいる。それを見て、セフィライズは今まで感じていなかった何か、違う感覚を知る。それをなんというかわからない。落ち着く、でもない。なんだろうかと思い、しかし不快な気持ちでは決してないそれ。
もう、断る理由はどこにも見当たらなかった。
「……君と、同じ色にしてくるよ。服も、着替えた方がいいと思う」
アリスアイレス王国の制服は目立つ。それに、セフィライズには茶色にしたくない理由があった。黒に近い色は、できるだけ避けたい。
「わかりました、わたしも着替えて来ますね。終わったら、ここでお待ちしています」
背を向けて去っていくセフィライズを見送って、スノウも一呼吸したあと着替えに戻った。
少し、強引だったかな? と、心配しながら。
スノウは白いブラウスに緑のミモレ丈のワンピースを身に纏い、庭の真ん中で花壇に座り彼を待っていた。今度はちゃんと、自分の私服だ。しかし以前失敗しているだけに、恥ずかしくないだろうかと自身の服を何度か見る。足元は先がほんのちょっと尖ったショート丈のブーツ。ヒール部分もあるので、いつもより視界が高い。
「待たせた」
声がして振り返ると、髪をスノウと同じかやや暗い灰色がかった金髪に染めたセフィライズが歩いてくる。目の色は茶色だ。その彼が、襟付きの白いシャツと薄手で紺色のジャケット、灰色のパンツと焦茶色の皮靴を履いている。いつもの制服姿ではない、いつもの髪と目の色ではない。こんなにも別人に見えるのかと驚いた。スノウは心なしか、少しギルバートに近い色使いを感じた。
「ブロンド、でしょうか。綺麗ですね。くくりましょうか?」
いつも雑におろしていて、くしも通しているのか怪しい時がある。元々セフィライズは少し癖毛なので、彼の下について働くようになってから髪を整えてあげる事も増えた。
「じゃあ、頼む」
セフィライズがスノウの隣に座る。彼女は立ち上がり、後ろ側に回って髪を持ってきたくしでといた。綺麗にした後、紐で髪を一本にまとめてしまう。
「はい、出来ました」
口元に手を当てて、嬉しそうに笑っているスノウを見て。セフィライズはまた、何かわからないものを感じた。驚いたように彼女を見つめてしまい、どうしましたか? と問いかけられてしまった。
「いや……」
どうもしない。だから答える言葉がない。ただ、何か、よくわからないけれど、スノウが嬉しそうに笑うと、なんだか気持ちが騒めくような。それが、よくわからない。
「行こうか」
立ち上がり、少し進む。セフィライズは振り返って、彼女を見た。
「はい」
スノウの笑顔は、ガーベラの花のようだと思った。
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