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28.カンティア滞在編 庭



 目を覚ますとまだ朝焼けも始まったばかりだった。見慣れない部屋、見慣れないベッド。セフィライズは体を起こして、頭を抱える。横を見ると、ベッドに上半身を預けたまま、床に座って眠っているスノウの姿があった。冷える室内。彼女を抱えてベッドに寝かし、布団をかける。

 確か馬車に乗っていて、気がついたらここにいた。そんな状態なだけに、何か起きているか理解するのに時間がかかる。何も音がないような静かな部屋で、眠る彼女を見て気がついた。自身の服のボタンが外されて、胸元まで見える状態になっていることを。


 やはり直視するにはまだ、しかしその胸の腫瘤を見て、そして眠るスノウを見て思う。彼女に、スノウに。これを、見られてしまって、いるのかもしれないと。


 寝ている彼女を背に服を脱いで上半身をあらわにする。室内にある鏡の前に立った。はっきりと、全体を見る。心臓に付着したかのような禍々しい見た目の腫瘤。触れると熱い、しかし痛みはなかった。

 自嘲したようにただ笑うしかない。



 受け入れると、ずっと決めていたのに。

 いつか来る、その時。いつでも潔く、未練なく、後悔なく。ずっと思っていた。

 しかしいざとなると、本当に、どうしていいか、なんてわからないものだと、セフィライズは思った。






 着替えを終え、朝食までの時間をただ空を眺めて過ごす。朝食で会ったリシテアに、あれもこれもと聞かれたが全て疲れていました、の一言で乗り切る。レンブラントもその言葉を全く信用していない様子だったが、何も言われなかった。

 食事を終え、低木が柵のように並び囲っている庭にでた。多彩で彩度の高い花が、白い花壇に映え咲き乱れている。風に揺れる色とりどりの花弁とともに、優しい香りが広がった。セフィライズが子供の頃にカンティアに滞在したのと同じ庭なのだが、あの頃より小さく感じる。


「お身体はどうですか?」


 レンブラントが歩いて来るとセフィライズの隣に立った。すらっと背が高い、白髪混じりの灰色の髪。しかしセフィライズの銀髪とは、全く違う。

 先ほどリシテアの前で何も聞かなかったのは、多分レンブラントなりの配慮だったのだろうと思う。


「長く寝たら良くなった」


「左様ですか」


 しかしその言葉を信じてはいない。しばらく無言でいるセフィライズをただ眺めるだけ。


「もう二十年ぐらいでしょうか」


 セフィライズとレンブラントが初めて出会ってから二十年以上。仕事上で常に接してきた彼を六歳から見てきて、もうこんなに大人になった。変わったと思うが、やはりあの頃から変わらないものもある。


「大人になりましたね」


「レンブラントは、少し老けたな」


「それは、そうでしょうね」


 顔を隠すようにレンブラントは笑った。父親のようなとは言わないが、妙な気持ちにはなる。思い返せば、本当にあっという間だった。


「それで、どうされましたか?」


 セフィライズはレンブラントが珍しく会話を続けているなとは思っていた。やはり聞かれたかと。

 昔からレンブラントはあまり何かを言うような男ではない。時々、的確に何かを指摘する以外、仕事上の立場をわきまえているし、一線を引いてそれを越えようとはしてこない。そこがセフィライズにとってもちょうどいい距離感を保てて助かっていた。

 彼は黙ったまま、レンブラントに背を向ける。


「もう、いい大人なのですから。説明する必要があると思います。リシテア様も、スノウ様も、心配されていますよ。もちろん、わたくしも」


 何も言葉を発しないセフィライズの背中をただ見つめて待った。急かせても仕方ない。子供の頃から自分の事をあれもこれもと話すような人ではないのはわかっている。もちろん、レンブラント自身も、あまり彼を指導するような事は言わない。だからこれは、本当に異例といえば異例な事を言ってしまったという自覚があった。


「何も……」


 絞り出したかのような小さな声だった。その回答に、レンブラントはため息をつく。過ごした時間は、彼の兄であるシセルズに次いで長いのだが。ただ、それだけだ。時間が長いだけ。結局は、今まで一歩踏み出そうとしたことはなかった。それは、お互い様だ。


「かしこまりました」


 頭を下げ庭から出て行こうとするレンブラントに向かって、複雑そうな表情を見せる。そして伏し目がちに、小さな声で、すまない、とだけ言った後また背を向けた。

 レンブラントは彼の事を不器用な人だと思う。その声を、あえて聞こえないふりをして建物の中に戻った。






 セフィライズは再び庭の真ん中で、ただ立ち尽くし外を眺めた。伝えられた言葉を思い返しながら、どう答えるのが正解だったのかと思う。

 親しい間柄かといえば、そうではない。ただ、共に過ごした時間が長いだけだ。そもそも、セフィライズには親しい間柄というのがわからない。そんな人は、誰一人いないと思っていた。作る気もない。その理由は、本人が痛いほど理解しているから。


「セフィライズさん!」


 名前を呼ばれて振り変えると、スノウが走ってくるのが見える。目の前で止まった彼女は、息切れを整えるように呼吸し、胸に手を当てながら顔をあげた。


「あの……」


 言葉が詰まる。

 朝の事を思い出し、セフィライズは彼女に見たのかと聞きたかったが、その話題になっても正直困る。


「……おはよう、スノウ」


「おはよう、ございます……」


 挨拶だけ。遠くの方を見ている彼を見上げて、視線を胸に落とした。服に隠されている、その心臓の位置を見て、手を伸ばしそうになるのを我慢する。


「祝賀まで、五日ある。それまでは休みだから、好きにしてくれていい」


 それだけ言ってどこかに行こうとする彼の手を掴んで止めた。咄嗟に、だから何か言いたいことがあるわけでもなく。


「セフィライズさんは、どう……されますか?」


「別に、何も……」


 アリスアイレス王国では存在が知られていても、この髪色は酷く目立っていた。ましてやカンティアで外なんて行けるわけもなく。ずっと祝賀が始まるまで、ここで過ごすのだろうと思っていた。





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