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24.燐光の谷編 朦朧



 セフィライズが目を開けると、真っ白な空間に誰かが立っている。白く輝いて、人の形をしているそれが、しかしはっきりと人だとわかるのに、顔も、体も、何も見えない。だというのに、その人型の光が、嘲るような笑みを浮かべているのだけは、はっきりとわかった。


『救われると、思うな』


 心臓を指差される。

 セフィライズは自身の胸元を見ようと服を浮かし、覗き込むと、そこには。


『終焉はもうすぐだ』


 嬉しそうに笑うその人型の光が、一瞬、セフィライズ自身に見えた。






 テントへと戻ってくると、レンブラントがセフィライズを横にする。

 スノウはその真横に座り、いまだに眠りについている彼の手を握った。ちゃんと、生きているのがわかる。でも、とても不安だだった。

 スノウに任せ、ミジェリーとリシテアが外に出る。レンブラントは座りこむスノウの隣に立った。


「大丈夫ですよ」


 そう声をかけられたのは、多分スノウがとても、追い詰められたかのような表情をしているから。


「はい、ありがとうございます」


 スノウはレンブラントを振り返る事もなく、まっすぐに眠っている彼を見ながら言った。しばらく彼はスノウのそばに立っていたが、ゆっくりとテントから出ていく。

 二人きりになりなり、眠る彼が息苦しくないだろうかと心配した。首元のボタンを、上から外していく。服を開いて、呼吸しやすいように、眠りやすいように。


「あ……」


 鎖骨の下あたりに、赤黒く変色し皮膚が樹皮のように固く盛り上がっているのが見えた。それは心臓の方へと続いている。服のボタンをさらにもう一つ外し、胸元を覗き見る。暗くてよく見えないが、彼の心臓周辺に起伏した不吉な塊。硬くて異質な皮膚が放射状に広がっているようだ。

 彼の家で、お風呂から上がってきた時のセフィライズは、鎖骨の見える首元の開いた服を着ていた。スノウはその時のことを必死に思い出す。

 でも確かに、その時は何も、無かった気がするのだ。あったとしたら、気がつくはずだ。見えていなかったのだろうか、いや。こんなにはっきりと、変色していたら。こんなにはっきりと、皮膚が硬く禍々しく変形していたら。必ず気がつくはずだ。

 手のひらで、その部分を覆うように触れて見た。硬く、ザラザラとしていて、熱を帯びている。これはなんだろうかと思った時、彼がうっすらと目を開けた。


「ご、ごめんなさい。その、胸のほうに……」


 慌てて手をひき、両手を振って訂正する。やましい事をしていた訳ではないのだと。彼の、胸の腫瘤が気になったのだと。しかし虚な目のままに、彼に強く腕を掴まれる。何事かと思う余裕もないままに引っ張られ、スノウは気が付いたら地面を背に、仰向けになっていた。彼女の腕を強く下に押しつけるようにセフィライズが覆いかぶさる。彼の長い髪が、スノウの頬に触れながら落ちた。


「セフィライズさん……?」


 心臓の音がうるさい。こんなにも近くに、そしてあり得ない状態に。スノウは押さえつけられてない方の手を胸に当てた。いまだ焦点の定まらない目をした彼が、スノウを押さえつけていない方の手を伸ばしてくる。頬に、当てられ、彼の親指が彼女の唇を撫でた。


「君を……心、から……」


 その言葉の先は、まるで泡のように儚く消え、聞こえなかった。ゆっくりと、近づいてくる彼が、何をしようとしているのか、はっきりとわかってしまった。


 キスを、されるのだと


「だ、だめっ!!」


 彼らしくない行動がとても怖くて。咄嗟に強くセフィライズを突き飛ばした。体制を崩した彼がスノウの横に倒れ込むと、彼女は慌てて起き上がり、テントの端へ逃げる。

 心臓の音がうるさい。体が震え、頬を紅潮させた。


「ん……」


 倒れ込んだセフィライズが、頭を抱えながら起き上がる。先ほどの虚な目ではなく、はっきりとした表情でスノウを見た。


「……ここは。スノウ?」


「あ、ああ、あの、あのっ……! い、今、今のは……」


「いまの?」


 体を起こして座り直したセフィライズは、頭を再び抱える。痛みなどないのだが、どうにもよく動かない。


「覚えて、ませんか?」


「あぁ、えっと……治癒術を使ってくれて、それで……」


 セフィライズはスノウの声と被さりながら聞こえた、男の声を思い出す。あれは誰だったのか。そして何かを、見た気がする。光る何か、それは一体なんだっただろうか。思い出そうとしても、霧がかかっていてよくわからない。しかし、心臓を指差されたような気がして、自身の胸元に手を当てる。ボタンが外されていて、そしてはっきりと目を落とした先に、異質な赤黒い腫瘤が見えた。

 その瞬間、ぼやけていたものが蘇る。そしてそれが、何を意味しているのかも、しっかりと理解した。


 セフィライズが自身の胸元の異変に気がつき、衝撃を受けた表情をしたのを、スノウは見た。それは、最近できたものなのだろうと理解する。

 

 そして彼が、彼自身が、先程の行為を何も覚えてないのだと。


 どうして。どうして、だろう。

 何故、そんなことをしたのだろう。


 スノウは自身の唇に指を当ててみる。あれは、絶対そう。あのまま拒否しなければ、きっと彼は。


 顔中を真っ赤に染め、身体中が熱くなって、叫びたくなった。




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