18.カンティア移動編 目的地
彼は壁を通り抜け終わるとすぐに穴を閉じ、馬車へと戻ってきた。既にアリスアイレス側の寒さはなく、カンティア側の常春の暖かさだ。壁からある程度離れた後、一旦止まった全員が防寒具を脱ぎ出す。寒さの対策のために馬車等に行われている全ての工夫を素早く片付けた。
スノウも馬車の中で防寒着を脱ぐ。気候がちょうどよく軽めの服装でも全く問題ない。見渡す限り色鮮やかな世界が広がっている。アリスアイレス王国側と違う、突然の気温の上昇で暑さを感じ、外を眺めながら胸元のボタンを外した。
「あら? スノウ、それは……? うふふ、もう渡したのね!」
リシテアはスノウの胸元に飾られた青い首飾りを嬉しそうに指差す。そして意地悪そうに、防寒具をたたみ終えた後、薄手のマントを羽織っているセフィライズを見た。
「あの、はい。セフィライズさんに、頂きました」
「わたくしは絶対黄色の方が素敵だと思ったのよ! あなたの髪がふわふわで、お日様みたいに素敵な色をしているじゃない? なのに青がいいって、譲らないのよ」
とても愉快だと笑うリシテアが、彼がどんな顔をしているのかと覗き込んでみる。しかしその発言にあまり気を止めてない様子だった。
「私は、青が似合うと思いましたので……」
彼が外を見ながらそっけない声で話している。照れ隠しなのかしら? というリシテアの言葉にも、あまり反応しなかった。
そのやりとりを見ながら、スノウは自身の胸元の首飾りを触る。ちゃんと、選んでくれたという事実が、とても嬉しかった。
「実はわたくし、色々調べましたのよ! カンティア側には、確か燐光の谷というのがあるでしょう?」
リシテアの言葉に、セフィライズは反応を示した。とても遠くを見るような目をして、何かを思い出した顔をしている。
燐光の谷は、その名の通り一日中深い谷底にある為に日があまり差し込まず薄暗い。そこでは世界樹の根の一部がほんの少しばかり残っているといわれ、谷中に濃いマナの粒子が柔らかい光を灯しながら浮遊している。幻想的なその場所は、カンティアでは有名な観光地だ。そして何より、温泉が沸いている。その湯すら、うっすらと光っているという。
「わたくし、そこに行きたいんですの! 寄り道しましょう! まだ時間はたくさんあるでしょう?」
「えっと、確かに。現状だと、かなり早くついてしまいますね。でも、その燐光の谷はどこにあるのでしょうか」
「ここから、北に……」
場所を知っているのだろう、セフィライズがあまり行きたくなさそうに言った。行ったことがあるのかと聞きたかったが、触れてほしくなさそうだったので、スノウはあえて聞かなかった。
「近いのかしら?」
「少し遠いですね。ですがカンティアの首都へは半日あれば到着する距離です」
「いいじゃない! セフィライズ、ちょっと相談してきてくれます? 燐光の谷に寄り道するって」
早く行きなさいと言わんばかりに馬車の扉を開けて促される。仕方なく彼が降りて行ってしまうと、残されたリシテアは満面の笑みでスノウの手を握った。
「露天風呂もあって、とても美しいところだそうよ。思い出作りにはいいのではなくて?」
「はい、そうですね」
「あなたたち、もうお付き合いしているのでしょう?」
「ひぇえ?」
スノウはいきなり何の話かと思って、変な声を出してしまった。恥ずかしくて顔を真っ赤に染めながら、視線をどこにやっていいのかわからない。口をモゴモゴさせて、なんと回答していいか。
「あ、あわ、わたし、わた……ま、まだ……? まだ、というかその、その」
まだ、なんていう言葉を言っていいのか。いや、まだ、だなんてとても失礼で傲慢な回答のように思えた。まだ、ということは、いつかがある、ということだ。しかしスノウは思う。いつか、なんていうのは、絶対にないと。
「まだなの?」
「えっと……わたしは、その……伝えるつもりは、なくて」
「ならセフィライズから言わせればいいのね、任せなさい!」
「ま、待ってください。リシテア様、わたしは……その、そういう……」
そういう関係に、なりたいとは、思っていない。それは、多分嘘だ。でも今が壊れる事を思うと、未来はいらないと、思ってしまう。リシテアが断られて、自分が断られない自信がない。
「もしかして、わたくしの事を気にしてくれているのかしら? わたくしが告白したのは、7歳の頃ですもの。向こうはもう青年ですし、子供の戯言と思って断られるのも仕方のない事よ。あなたとは状況が違うわ」
「今は、なんとも思っていないのですか?」
「……そうね、あの頃のわたくしは……」
リシテアが神妙な顔をして言葉を紡ごうとした時、馬車の扉が開きセフィライズが戻ってきた。二人が真剣な顔でセフィライズを見るものだから、彼は何か問題があったかなと首を傾げる。
「燐光の谷に行くことになりました」
「……あらよかったわ! スノウ、この話の続きは、また今度しましょう」
何の話をしていたのか、しかしこれを聞くとリシテアの長話に付き合う羽目になると思い、セフィライズは黙って席に着く。動き出した馬車の中で、外を眺めながら昔の事を思い出した。
ずっと昔、若い頃に、燐光の谷へ行った、その時のことを。
思い出しながら、リシテアが珍しく静かにしている事に気がついた。彼女もまた、外を見て、何かに思いを馳せているようだった。
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