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14.オークション編 挨拶


 スノウは、誰もいない貴賓室にぽつりと座っていた。豪奢(ごうしゃ)で落ち着いた空間。見たこともない(あつら)えの家具。室内を照らす魔導人工物(アーティファクト)。粗末で汚れた衣服の自分がいることが場違いだと思うのと同時、彼女の常識では到底理解できない異質な世界に迷い込んでしまい、思考は止まっていた。

 つい先ほどの出来事(オークション)もまた、かなりに異質で、思考は追いつかない。ただ時間だけが、彼女を置き去りして過ぎていく。気がつけば、彼女は、獣の仮面を付けた初老の男性に落札されていたのだ。その事実を理解しようとするも、心が追い付かない。

 過行く時間と共に、胸に浮かんだのはあの黒髪の男性、カイウスの事だった。どうしてだかわからないが、何故かとても、今までの中で一番心に残った人。


 静かに、貴賓室の扉が開き入ってきたのは、落札者の男性だった。深々と一礼するその初老の男性は、すでに白髪になった長い髪は綺麗にまとめており、とても清潔感と気品のある立ち姿に見えた。その男性は、静かに仮面を外す。深い栗色の瞳と目じりの皺。ひげを蓄えて少し厳しそうな印象を受ける。


「スノウ様、わたくしはレンブラントと申します。わたくしは代理で貴方様にお願いがあり赴きました。これからご案内させて頂きます」


 レンブラントと名乗る男性は、スノウの手首に巻かれた紐を慎重にナイフで切り落とした。手首の痛々しい痕があらわになると、彼はすかさず清潔な布を取り出し、丁寧に巻いてくれる。


「今は厳しいですが、後ほどしっかりと手当てをさせて頂きます」


 スノウはその皺の刻まれた男性の顔をちらっと見る。真っすぐに、スノウの手首を見つめていた。はい、と小さく頷いて下を向く。声は出せなかった。

 レンブラントの指示でスノウは部屋を出た。彼の後ろをついて歩く。すらっとした長身に黒い襟付きの服。小さな細工が施されている。今まで見た事もない程の上質な生地なのがすぐにわかった。ゆらゆらと揺れる白髪からは、心地の良い香りが漂っている。


「こちらでございます」


 ひとつの扉の前でレンブラントは止まり、その入り口に手を伸ばしていた。

 開かれるその瞬間、スノウはもしかしたら、なんて思ってしまった。

 もしかしたら、もしかしたら。彼なのかもしれないと。


 黒髪で、色白で、伏し目がちで、どこか辛そうなのに。ふと、視線が合うその瞬間には、なんだか優しい眼差しをしてる。


 開いた扉。洩れる自然光が眩しくて、一瞬瞳を閉じた。





 ―――本物だ……


 スノウは直感的に、そう思った。


 あの地下の石部屋に入れられていた時に聞いた白き大地(フヴィートル)の民の特徴そのものなのだ。白い肌、切れ長の瞳は銀に輝き、髪の一本一本が絹糸のように繊細な白銀の髪。神秘的なその姿。本物の、白き大地(フヴィートル)の民だと、誰が見てもそう思う立ち姿の男性。

 白いフード付きのロングマントを羽織り、赤い縁取りの上から特徴的な模様が金糸で描かれている。それは、あの時、地下であの白き大地(フヴィートル)の民の子供を本物かどうか答えていた男性だ。彼こそが、本物だったのだ。


「どうぞ」


 レンブラントに促され、スノウは止まった足を前に進ませる。一般的な人達とはどこか違う雰囲気を放つ、その男性の前に立った。


「……はじめまして、私はアリスアイレス王国第一王子親衛隊所属、セフィライズ・ファインです」


 セフィライズが手を差し出している。その当たり前の行動すらまるで別次元に見えた。スノウは握手を求められていることを理解するまで時間がかかってしまう。慌ててセフィライズの手を握り返すと、スノウの手首に巻かれた布の隙間から見える酷い痕に、セフィライズが表情を曇らせたのがわかった。


「私達はあなたに、アリスアイレス王国の第一王子が患っている病を治して頂きたく思っています。私達の国まで、一緒に来てもらいたい」


 スノウはぽかりと口を開けたまま、セフィライズを見上げたまま固まった。彼女の生まれ育った狭い世界に、白き大地(フヴィートル)の民という情報は存在しなかった。見たこともない、綺麗に整った顔をしている。スノウはどこか、それが彼に似ていると思った。スノウの知らない外の世界では、こういう人が普通なのだろうかと思う。


「あ、の……」


 言葉が詰まる。スノウ自身に選択権などないはずだ。なのに、何故かこちらが回答を選べるかのような声色だった。戸惑ったがすぐに、断る事などできるはずがないと、強く思い直した。


「あの、わたしに、できるのでしたら……」


 揺蕩う葦のようなか細い声でしか答えられなかった。

 セフィライズはレンブラントに視線を送っている。彼が何を言いたいのか理解できたのか、レンブラントがすかさず手をパンッと叩いた。


「ではご準備致しましょう。宿をとっております。明日には出発ですが、それまでわたくしが、スノウ様のお世話をさせて頂きます」


「あ、はい。あの、あ……」


 スノウは部屋から追い出されるかのようにレンブラントから背を押される。まだほんの少ししか話していないセフィライズの方へ振り返り、声をかけようとした。

 しかしセフィライズはそれを遮るように、白いフードをかぶり自身の髪を隠すと背を向けてしまう。

 どこか、距離を置くような。どこか、近づけない。触れられないように。


 スノウはその雰囲気が、どことなく、彼、と似ていると思いながら部屋を出た。




本作品を読んでくださり、ありがとうございます。

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小説家になろうで活動報告をたまにしています。

Twitter【@snowscapecross】ではイラストを描いて遊んでいます。

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