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14.出発準備編 贈り物



 そこは軽食が主なお店だった。店内は雰囲気のある暗さに保たれていて、飲み物一杯で長く滞在しても許されるようなゆったりとした空間。今の時間、お客はまばらだった。スノウは先に入った彼を追い越し、なるべく奥の、端の席を選ぶ。彼が自身の見た目を気にせずに食事ができるように、なるべく、人目を避けるように。


「昼食、には少し、違ったかな」


「いいえ、わたしもなんだか、お腹が空かなくなってしまいました」


 自身のコートを脱ぎ、低く深い二人掛けのソファーの背もたれへかける。彼もまた、低いテーブルを挟んだ向こう側で同じようにコートと、そして帽子をとった。周囲に触れる銀髪に気がついた人たちが何人かいたが、しかしこの店の雰囲気のおかげか、騒めきにはならなかった。


「何にされますか?」


 メニューを渡すと、彼がそれを押し返す。


「先に見ていいよ」


 それでは彼が見るのが遅くなってしまう。スノウはメニューが書かれた木板を低いテーブルの真ん中に置いた。


「これなら、一緒に見れますね」


 そう言って笑うと、彼もまたゆるく微笑んだ。




 二人は本日のスープとパンのセット、飲み物は紅茶を選んだ。わざわざ紅茶で有名なリヒテンベルクから色々な茶葉を取り寄せているらしく、種類も豊富で何にするか迷う。

 簡単なメニューしかないおかげか、食事は直ぐにテーブルに運ばれてきた。店員の女性がセフィライズを見て少し驚いていたが、彼は気にも止めていない。しかしスノウは、他人のその一つ一つの行動を見ては、胸が痛んだ。

 見た目が人と違う。それだけで、異質なものとして注目を受ける。それだけではない、排他的に扱われる事も、沢山あっただろうと思う。それでも彼は、その髪色を変えない。そのままの姿でいる事が、仕事なのだとしても。


「どうした?」


 スノウの憂いに気がついたのか、彼が紅茶を手にしながら首を傾げた。言葉には、できそうにない気持ちだった。だから、なんでもありません、と伝えることしかできない。

 自身もまた、珍しい方だと言うのに。スノウは自分の外に跳ねた癖のある髪に触れた。


「……君が、気に留めることではない」


 何も言わなかったのに、まるで心の中を覗かれてしまったかのように、彼が言葉を伝えてくれる。顔を上げると、彼もまた、胸元まで伸びようとしている自身の髪に触れていた。

 なんだか、お互いに黙ってしまいそのまま食事をした。スノウはセフィライズといると、いつも伝えたいことがあるのに何も伝えられないと思う。何か話したいと、思うのに。胸の奥にある言葉を、整理して発するだけの能力がない。


「スノウ、この前は……ありがとう」


 セフィライズの、この前、とはなんだろうかと考える。彼の、いつも少し足りない言葉の意味を考えて。言いにくいこと、なのだろうと思う。彼が左手を気にしているのに気がついて、この前というのが、あのタナトス化した人を助けた時の事だとわかった。


「もう、四ヶ月ぐらい、前なんですね。つい、この間だったような気がします。違和感は、ないのですか?」


 そういえば、一度も聞いたことがなかった。一度は無くなった切断の再生。そんな事ができるだなんて思ってもみなかった。再生された手は、彼の手と言えるのか。しかし。


「ああ、うん。何も、問題ない」


 彼が切断した付近の腕を撫でた。長袖を捲り上げ、スノウの前に出す。彼の左手には、一切の継ぎ目などもなく、最初からその場所にあったかのようだ。何も変わらない。スノウは確認すると同時に、彼のその左腕が、真っ赤に染まり血飛沫が宙を舞う光景を思い出してしまった。咄嗟に、口元を押さえる。込み上げてくる気持ちは、なんと言うのだろうか。


「スノウ?」


「ごめ、ごめんなさい。大丈夫です」


 思い出すと、胸が痛い。もうこんなにも前のことなのに。目の前の彼は何も問題なく、普通にしているというのに。何事もなく、話してくれて、笑ってくれて。それでも、苦しくなる。辛くて、息が詰まって仕方がない。

 あんな思いは、もう二度としたくない。あんな苦しみを、もう二度と、彼に背負わせたくない。


 スノウは胸に手を当てて、彼のいつもする仕草を真似するように呼吸を繰り返してみた。想うのは、彼の事。


「……実は、ずっと渡そうと、思っていたものがあって」


 セフィライズは戸惑いながら、ソファーにかけた自身のコートのポケットを探す。取り出したのは、小さな紺色の箱だった。それをスノウの前に出すと、彼女が不思議そうに首を傾げる。


「迷惑を、かけたかなと思って」


 セフィライズはシセルズに言われた言葉の意味を、ずっと考えていた。もっと周りを見ろ、心配するやつもいる。それが多分、スノウの事なのはわかったが、何故そう思うのかまではわかっていなかった。でも、もし傷つけていたのだとしたら、それは、悪いことをしたなと思ったのだ。


「お礼と、謝罪の気持ちだから」


 スノウは小箱を持ち上げる。小さなそれは、しっかりと溶けたろうの上から何かの印で押されていて開かないようになっていた。ろうに巻き込まれた赤い紐が輪っかを作り、その紺色の箱を飾っている。スノウはすぐにそれが、自身への贈り物であり、とても高価なものが入っているのを察した。


「頂けません。わたしは、何もしていません」


 開けもせず、彼に返そうとする。しかし彼は、とても困惑しているようだった。スノウがすぐに受け取ると思っていたようだ。どうすればいいか、どう反応するのが正解か、少し悩んでいるように見える。


「返されても、困る。いらないなら後で捨ててくれて構わない」


 伏し目がちな目で視線を外し、床をみている。素直に受け取る方がいいのかと、スノウは再び小箱を目の前へと持ち上げた。小さな箱に、何が入っているのかわからない。とても軽いけれど、なんだろうか。


「では……お言葉に甘えますね」


 スノウはその小箱を閉じるのに使われているろうを剥がすと、ぽろぽろと剥がれて膝に落ちた。




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