10.出発準備編 もう一度
ミジェリーが酷いため息をついた。しかし、シセルズとリシテアはこれ以上ないぐらい楽しそうに笑っている。時折二人は視線を合わせて頷きあっていた。その光景を一歩引きながらも、楽しげに眺めるカイウスは、なんとなく妙な安心感を覚えていた。
カイウスが生まれた時にはすでに、セフィライズとシセルズがいた。しかし、カイウスが物心ついた頃から、セフィライズはあまり喋らず、人を寄せ付けず、表情も乏しく、言われるがまま動くような状態だったように思う。
喋るようにはなった、意見を述べ、自分で考えて行動するようにもなったが、しかし。何かが決定的に欠けている気がしていた。それが、スノウが来てから、格段に、目に見えて、変わったようにカイウスは感じていた。
彼女を見る目が他と違うことを、もはやカイウスだけではなくシセルズもリシテアもわかっている。多分、わかっていて二人はセフィライズを弄って遊んでいるのだと、カイウスは思っていた。気がついていないのは、もはや本人のみ。
「変わろうか?」
カイウスが気を利かせたつもりで言ったのだが、妹のリシテアは物凄く不満そうに睨みつけてくる。もう少し、二人のぎこちなさで遊びたかったようだが、しかしこのままでは進まない。
「いえ、もう少し」
「そうか」
予想外だった。正直いうと、二つ返事で交代すると思っていたのだ。何せ、こういったものは苦手で、どちらかというと独断専行の個人行動を好む方だ。人に合わせたり、堅苦しい格好も、こうした貴族の道楽も、好んでいない。だというのに、自分からもう少し続けると言うのだから、それはもう。つまり。
「そういうことよね! お兄様!」
リシテアが両手を合わせて嬉々としている。まるで子供のようにぴょこぴょこと椅子の上で跳ねていて、物凄く楽しそうにしていた。
「まぁ……」
カイウスは、つなげようとした言葉を途中でやめた。人間らしさを取り戻していく途中のような奴だと思っていた。だからこれも、その一歩、なのかもしれない。
ミジェリーが両手を叩く、もう一度の合図に、セフィライズとスノウはもう一度向かい合った。
「スノウ、もう少し、力を抜いてほしい。目を閉じて、習った事を思い浮かべるだけでいい」
耳元で、小さな声で囁かれたそれ。迷惑をかけているのはわかっているけれども、恥ずかしくて仕方がないのだから、どうしようもない。しかし、言われた通り目を閉じた。今は、習った事を思い出す時。そしてこれは、セフィライズではない、別の人なのだと自分に言い聞かせる。
音楽に合わせて足を踏み出す。先ほどより軽やかに動けた。目を閉じたまま、彼がリードしてくれる方へ流れるように動くだけ。習ったことを思い出して必死に繰り返すだけ。やればできるじゃないかと、スノウ自身もそう思った。
今度は優雅に踊れている。結構、踊るのって楽しいのかもしれないと、スノウが思い始めた頃に、ゆっくりと音楽が終わった。動きを止め、彼の手が離れる。目を開けると、いつものように微笑んでる彼がいた。
「上手くできていたよ」
褒められて、少し恥ずかしい。下を向き、手で口元を隠した。忘れていた気持ちが蘇ると、顔が赤くなっていく。どう答えたら良いかわからないままでいると、彼の手が肩に添えられた。そっと、顔が、耳元に近づいてくる。
「今日……は、綺麗だった」
その言葉に、目を見開いて彼を見ると、セフィライズもまた少し、恥ずかしそうに視線を逸らしていた。すぐに背を向けてしまうから、それ以上は確認できなかったけれど。何を言われたのか、わからなくて。いや、本当は、何を言われたか、わかっている。でも、それは、でも……。
彼から言われた言葉を頭の中で繰り返すと、もはや心臓が爆破して、脳は溶けてしまったかのように、真っ赤に顔を染めて立ち尽くした。
本番さながらの練習が終わると、スノウは食事の作法はともかく、ダンスはかなりの叱責を受けた。その後の授業がより一層厳しくなってしまったのだが、追加でもう一つ別の変化があった。ごくたまに、セフィライズが来てダンスの相手をするようになった事だ。そもそも彼もそんなに得意ではないらしく、一人で一連の動きを練習しにくる。その流れで一緒に踊る事が増えた。前のように正装ではないが、思い出すと恥ずかしい。
その練習の隙間に、よく資料を持ち込んでは目を通していることも多くなった。何を見ているのか聞くと、どうやら各国の要人の名前や役職やなにやら書かれている書類のようだ。所々にメモが、彼の小さくて細かな文字で追加されている。
こういう仕事は苦手なんだろうな、となんとなく感じていた。しかし真面目にに取り組む姿勢は凄いなと思う。セフィライズも頑張っているのだから、自分も頑張らないといけないとスノウは一段とやる気が出た。
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