9.出発準備編 ダンス
背筋を真っ直ぐ伸ばし、様になる姿。セフィライズがスノウの横に立つと、それを見上げて、一瞬何が起きるのか、わかっているはずなのに真っ白になった。
彼が手を胸に当て、軽く頭を下げる。カイウスと同様に膝を折り、無表情のままスノウの前に手が差し出された。
「踊っていただけますか」
スノウは何を言われたのか、理解できなかった。いや、理解できているのだけれど、もはや考えが追い付いていないのか、考える事を放棄しているのか。それぐらい、頭の中は空っぽになっていた。いつもとは違う、しっかりと整った服を着ている彼が、自身にダンスを申し込んでいる。
誰が、ダンスを申し込んでいるのか? 彼が、申し込んでいるのか、何を、申し込まれているのか? と、もはや意味のない質疑を繰り返し、そしてスノウの口から咄嗟に出たのは。
「ご、ご、ごめんなさい!」
あまりの恥ずかしさに。あまりの出来事に、咄嗟に断ってしまった。頭を下げ、手を突き出して、全力で拒否してしまったのだ。顔が真っ赤に染まる。下を向いて、この恥ずかしさを必死に隠した。
「スノウ、断ってどうするの!」
リシテアは噴き出して笑う。断るだなんて予想外で、お腹が痛いと声をあげた。ミジェリーが眉間に皺を寄せながら、はしたない笑い方はやめて下さい、と声をかけている。シセルズとカイウスもまた、必死に笑いを堪えていた。
「え、ええ、えっと、その、そういう、嫌とかじゃ、なくてですね! その、ごめんなさいっていうのは、そのっ!」
恥ずかしさを隠すためだったのに。何か言わねばと必死でスノウは言葉を紡ぐも、意味を成してないどころか何が言いたいのかすらもわからなくなってしまう。セフィライズに何か言わなくてはと顔を上げると、彼もまた口元を押さえて笑っていた。
無表情で、でもどこか物凄く嫌そうな雰囲気を出していた彼が自然と柔らかく笑ってくれている。それが、とても素敵で、嬉しくて。スノウは胸に手を当てて、広がるあたたかさに目を閉じた。ああ、好きだなって。このあたたかさが何よりも、愛しいと思った。
「セフィライズ様、もう一度最初からお願いします」
ミジェリーの一声で、笑いを堪えていた雰囲気が一掃される。リシテアは名残惜しそうにしていた。
セフィライズは再び立ち上がり、胸に手を当てて頭を軽く下げる。膝を折り、再びスノウに手を伸ばした。無表情ではなく、自然と笑顔を見せてながら。
「踊っていただけますか?」
先ほどよりも格段に柔らかな声で伝えられる。心の準備はできていなかったが、スノウはその手を取った。
「わたしで、よろしければ」
手を引かれ移動する。見上げる彼は、先ほどの愛想がまるでない表情ではなかった。向かい合うと、恥ずかしくて顔を見れないでいる間に、腰に手が回される。
彼女の腰は思いのほか細いが柔らかく、暖かさがあった。
「ひゃっ……」
スノウは変な声が出てしまった。さらに恥ずかしくなってもはや、穴があったら入りたい。そうこうしている間に彼から手を握られて、音楽が流れだしてしまった。彼が少しだけ、合図を送ってくれている気がする。音楽に合わせるように、ゆっくりと動き出すタイミングを教えてくれているのだ。スノウはそれを必死に感じ取ろうとして、今だ、と思った瞬間に足を出した。
「あわっ! ごめんなさい!」
全く違う方向に足を出してしまい、変な形で彼を引っ張ってしまった。もう一度最初からと体を元の位置に戻す。今度は間違えてはいけないと、彼の顔を見上げた。銀色の瞳が、真っ直ぐに彼女を見ている。音楽に合わせて、今度はちゃんと一歩を踏み出せた。しかしスノウの体はガチガチに固まった状態で、ぎこちなく足を動かしてしまう。視線を逸らしながら必死に習った事を思い出しながら動いていると、彼の腰に回る手に力がこもった。
「スノウ、もう少し……」
彼が何かを伝えようとしてくれている。セフィライズの顔を見上げると、わかっていたけれども目の前に、彼がいるのだ。わかっている、そこに顔があることぐらい。そんな当たり前のことで動揺して、そして足を踏み外してしまった。
変な声を出しながら、倒れそうになる。長いドレスの裾を踏み、さらに巻き込まれたかのようになり、全身でのけぞるようにして。自身では支えられなくなり、倒れるスノウの体を、セフィライズが腰に回した手で支えてくれた。
「ぁ、わ……あわわ……」
もはや何を言っているのか、わからない。自分が何をしているのかもわからない。目の前がぐるぐる回転しているかのように、現実が理解できない。こんなことは初めてで、スノウ自身、どうしていいかわからなかった。




