6.出発準備編 練習
スノウはリシテアの従者に、半ば強引に服を脱がされる。下着だけの状態にされ、肢体を舐めるように見られた後、ミジェリーが眉間に皺を寄せるのがわかった。
「体の締まりが足りませんね。早急にどうにかしなくては」
もはや何の話なのかという疑問を抱くことをやめ、流されるままにスノウは、すみません、と謝る。腰にコルセットを装着され、これが何かも理解できないままに、思いっきり紐を引っ張られた。今までに経験のない程、内臓が圧迫される。悲鳴をあげそうになりながら黙って耐えた。
「靴はこれ、ドレスは取り急ぎこれを」
ミジェリーの言葉は全てに棘があるようで厳しい。スノウは肩をすくめながら返事をする他なかった。胸元がきつい為に、服を重ねている部分の糸が抜かれる。
まるで流作業かのように服に着替えさせられると、靴を履くように促された。高いヒールの靴は、見たことはあるけれども足を通したことなど一度もない。恐る恐る足を入れ、立ってみると少し視界が上がった。それでいて、足先にとんでもなく圧がかかっている。
「できたかしら? あら素敵じゃない! 髪はわたくしがしますわ」
鏡の前に座らされ、リシテアが人形を飾り付ける子供のようにはしゃぎながら髪飾りを選ぶ。
「わたくしが見立てた通り、瞳が綺麗な緑だから、淡いこの緑のドレスが似合うと思いましたの! 髪もとても綺麗な色ね。珍しいわ」
スノウは髪を櫛で解かれながら、今なら聞けるかもしれなと思い、声を上げる。しかし、どれから聞けばいいのか分からず、その言葉は続かないまま失速してしまった。
「あら、セフィライズとわたくしの事が気になりまして?」
それもだけれど、それだけじゃない。今どうしてこんな姿をさせられているのか、何を今から習うのか。リシテアとセフィライズと共にどこかに行くのか。しかし、全ての疑問よりも気になっているのは確かに、リシテアの言った事だった。
「ほら、セフィライズは見た目が特殊でしょう? でもわたくしは生まれた時には常にそばにいて。あたなも知っての通り、誤解されやすいけど優しいでしょ?」
優しいでしょ? にはスノウも頷いた。本当に、誤解されやすいけれど優しい。まさしくその通りだと思う。
リシテアは悪戯する子供の顔をしてまた笑った。でもどこか、寂しそうに。
「でもわたくしではダメなの。お断りされてしまいました……だから今は、とても楽しいのよ!」
そうなんですね、と言いながら。断られたということに安心しているスノウがいた。でも、もし自身の気持ちが彼に伝わりでもしたら、きっと。
ーーーーわたしも、断られてしまうんだろうな
そう、スノウは思った。
何のためにしているのか。全くわからないままミジェリーを先生として指導される日々がはじまった。途中、仕立て屋と靴屋がスノウの体を測りにくる。服を二着作るそうだ。聞いていた通り、正装と、ドレス。布を選ぶように言われたが、よくわからないままリシテアが全て決めていた。
毎日の指導は従者として気品のある歩き方、立ち姿、敬礼の仕方から始まり、言葉遣いや指先の動き全てにまで細かく指導される。それだけではない、ダンスの練習も始まったかと思えば、お昼は毎日リシテアと今まで食べたこともない料理を頂きながら、手厳しい食べ方の指導が入った。スノウはもはや水を飲むのすら怖くなりだしている。
ヒールで歩くのにも慣れたが、それまでは靴擦れがひどくて辛かった。足も浮腫んでしまって、揉み流しては耐える、必死な日々。
どのくらい、目的がわからないままに指導を受けていただろうか。またセフィライズと会わない生活が、寂しい、会いたい、と思わせるぐらになった頃。朝食を取らずに来るようにという指示が出された。
朝からリシテアの部屋に向かい、随分と様になってきた挨拶をする。
「おはようスノウ! 以前作らせた服と靴が届いたわ。こちらが正装、こちらがドレスよ。今日はこのドレスを着てくれるかしら? 午後から仕立て屋がまた来て、微調整するそうよ」
見せられたのはどちらも赤を基調しとした布で作られたものだった。正装の方は、どこかで見たことがある。アリスアイレス王国の決められた服なのだろう。
奥の部屋で着替えるようにと促され、移動するといつもと様子が違った。
円卓が置かれ、丁寧に飾り付けられている。普段と違う様子を気にしつつ、渡されたドレスに着替え、真新しい靴を履いた。サイズを細かく測られただけの事はあり、足にとても馴染む。髪を整えようと鏡の前に座ると、後ろからリシテアが覗いた。
「もう着替え終わったかしら? 今日は顔も綺麗にして差し上げてよ! お兄様もおこしになりますからね!」
「え、か、カイウス様も、来られるのですか?」
「ええそうよ。今日は本番さながらの練習をしていただきますわ」
全く聞いていなかった言葉に、スノウは慌てる。どうしようかと体を無意味に揺らして、首を振り辺りを見渡してみた




