4.出発準備編 運動
セフィライズが剣を持ち、走り出す。振り落とされた一太刀を、シセルズは軽く受け流した。しかし、確かに違和感があった。弟の一撃にしては、まだ軽い気がする。いつもならまるで、その細い腕から落ちてきているとは思えないほどの重圧がかかっているはず。
すぐにセフィライズは横に流れるように避け、再びシセルズに向け振り払う。早さも、まだ本調子ではない気がした。
「セフィ、お前今、本気か?」
剣を受け止めながらシセルズが問う。彼は表情を曇らせた。
「そこそこ、でも……久々に走ると、きつい」
シセルズが払う剣筋を大きく飛んで避ける彼をみると、いつもより息を荒げている姿。苦しそうに、腕で口元を拭っていた。少し療養させすぎたかと反省する。しかし、シセルズが思うに、だいぶ酷い状態だったと思う。何日も寝たまま起きなかった時は、本当にどうしようかと思った。今思い出すだけでも、胸が痛い。あんなに弱った姿を、見たことがなかったから。
「お前、基礎から体力戻したほうがよさそうだな」
「確かに……少し、鈍りすぎてる」
セフィライズが慣れた手つきで柄の部分を軸に剣を指で滑らして回す。息を整えて、剣で空気を切った。
「続けるか?」
「いや、やめとく」
シセルズは頷いて木剣を回し元に戻す。それじゃ、と簡単な挨拶と共に手を上げると、すんなりと練習場から出ていってしまった。
セフィライズはそれを見送ったあと、木剣を再び構えて何もない目の前を軽く切る。それを何度も繰り返しながら、訓練を始めた。
スノウはその姿を見ながら、自身もどうしたらいいか考える。結局床の拭き掃除を再開することにした。練習場で二人きり。彼がずっと訓練する音を聞きながら。
昼を知らせる音が聞こえる。長く素振りの他に、剣戟の技を繰り返していた彼は、汗だくの状態で立ち止まった。
「スノウは、どうする?」
彼は汗のせいで髪が首にまとわりつき、気持ち悪そうに長髪をかき上げて手でまとめている。声をかけられ、彼女は立ち上がった。
どうする、の意味を少し考える。どうする、とは、多分お昼休憩の事、だろうか。
「今日は、召し上がられますか?」
「動いてるし、体力を戻したいから。食べようかなと思っているけど」
スノウは立ち上がり、彼の元へ進んだ。髪を何度も持ち上げている彼に手を伸ばす。
「少し、しゃがんでいただけますか?」
スノウに言われた通り、セフィライズは素直に膝をついた。その後ろで、汗に濡れた髪を躊躇いもなく触れられ、少し焦る。しかし黙ったまま下を向いた。彼女が髪をまとめると、頭の高い位置で固定し、持っていたのであろう紐で巻きつけているようだ。自分でするよりも、うまく彼女が髪をまとめてくれた。
「これで、だいぶ楽ではありませんか?」
立ち上がると、確かに頭の高い位置で一つ括りにされた髪は、首から離れていて不快感が減った。首周りを触りながら、セフィライズは感謝の言葉をスノウに伝える。彼女は、微笑んでいた。
「一緒に、行こうか」
彼の、いつも足りない言葉。足りなくても何が言いたいのか、スノウにはわかる。微笑みながら頷いた。
それからほぼ毎日、セフィライズは練習場に来ていた。新兵の指導をしているその端で、一人で軽やかな剣戟を懲り返していたり。手足を伸ばしたあと、何周も練習場を走っていたり。基礎的な筋肉をつける動きをしていたり。
セフィライズはごくたまに、シセルズに混ざって兵士の相手をしたりもしている。以前よりも、彼の前に壁が見えない気がした。言葉は少ないかもしれないが、他人と少しばかり会話をしているようにも見える。相手からの返事に、たまに困惑して言葉を詰まらせているところを見ると、彼らしいなと思ってスノウは笑ってしまった。
「セフィライズさん、よかったら飲みませんか?」
新兵達が水分不足で倒れないように、定期的に水を配る手伝いをしていたスノウは、それを彼のところまで持ってくる。たまにしか飲みに来ないから心配だった。
「ああ、うん。ありがとう」
汗を流しながら、またも髪を邪魔そうに触っている。スノウは再び彼にしゃがむように依頼し、髪を頭の高い位置で括った。
「これからは、始める前にくくりますね」
「すまない」
こんなにも真剣に訓練をしている彼を知らないものだから。また少し、嬉しくなった。顔立ちがとても中性的だから。他の人よりも華奢に見えるから。色白で、神秘的に見えるから。たまに男性という意識が抜けることがある。まるで、別世界の人に見えることがある。
髪をまとめた彼の顔は、今まで以上にはっきりと見えて、そしてしっかりと、かっこいいなと思った。
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