3.出発準備編 同行
「あと、今回はスノウも同行させるように」
そのカイウスの言葉に、セフィライズは体を起こして反論しそうになる。しかし、だいぶ長い間会話をしているせいか、疲れてしまっている為に動くことを諦めた。
「何故、でしょうか」
「お前は危険だからと毎回同行させていない。今回は危険性も低いし、初めてにはちょうどいいだろう。それに、お前の対話力を考えたら、支えが必要なのも頷けてな。彼女は適任だ」
確かに、セフィライズも彼女の対話力や共感力には納得している。人をよく見ているし、他人とうまく会話ができるほうだ。
「彼女は、多分何も、礼儀作法を知りませんよ」
食事のマナーから何まで、きっと何も知らないだろう。それを理由に同行させるのを断ろうかと思ったが、しかしすぐにカイウスから言葉が入る。
「まだ時間がある、お前も久々だろう。準備はしてもらう」
食事の仕方、挨拶の仕方、念の為ダンスも込みで、十分に時間をもって学んでもらう話をされる。他にも、セフィライズには他国の人間の名前と役職、するべき雑談や会話の仕方、準備に必要なのは山程あるとのことだった。
「……かしこまりました」
かなり不満だが、仕方がない。他に理由を探したが、もうどれもカイウスを納得させられるものではなかった。話が終わったのか、カイウスはセフィライズ体を気遣いながら立ち上がる。
「では、邪魔したな」
立ち去ろうとするカイウスを、セフィライズは呼び止めた。ベッドの上でなんとか起き上がり、腕で体を支える。
「……もうそろそろ、カイウス様も身を固める時期ではありませんか」
「確かに、臣下がうるさくてな。しかし、それを言うならお前達もだろう。いい年齢だ」
切り返されるとは思っておらず、セフィライズは黙った。シセルズもまた、目を泳がせている。結婚、なんてお互いに、無縁の話だと思っていたからだ。
「私達が、身を固めることは、ありませんよ」
むしろ、できるはずもないと思っていた。何せ二人とも、白き大地の民なのだから。やはり自分達は他とは違う、と心の中で思っている。
「セフィライズには、案外近くにいると私は思うがな」
カイウスの発言に、シセルズは吹き出して笑った。しかしすぐに、失礼しました、と敬礼しなおして黙る。なんだ、誰から見てもバレているのかと、シセルズは面白くて仕方がなかった。しかし、当の本人は何のことかわかっていない様子だった。
「では、失礼するよ」
カイウス達と一緒に、レンブラントとシセルズもまた部屋から出ていく。その姿にベッドの上でセフィライズは敬礼をし、頭を下げた。
誰もいなくなった室内で、再びベッドに倒れ込み、赤い天蓋を眺める。この先のことを考えると、ため息しか出なかった。
セフィライズがいないこの1ヶ月は、シセルズの下について働いていた。彼の仕事は新兵の指導なので、スノウは掃除や洗濯、ちょっとした怪我の治療などを行う。
今日は休み。しかし特にすることもないスノウは、練習場の床を掃除していた。
「おはよう、スノウ」
しゃがんだ状態の彼女に声がかかる。顔を上げるとそこにいたのは、セフィライズだった。彼を見た瞬間、スノウは胸から溢れるとめどない気持ちに蓋ができず、思わず目を潤ませる。
「どうした?」
「いえ、ごめんなさい。よかったです」
セフィライズはずっと部屋に閉じ込められているような状態だった。スノウが様子を見に行く事もあったが、基本的にはベッドの上にいた彼。少し痩せてしまって、心配で仕方なかった。しかし、今変わらず立っている。
「セフィ、先に来てたのか?」
シセルズの声が聞こえた。練習場にあとから入ってきた彼は、スノウがいることに驚いている。
「あっれ、今日休みだよね?」
「はい、でもその……することが、なかったので」
シセルズはスノウと弟が話していたのを邪魔したかな、といった表情を見せるも、木剣を取りに行く。二本とると、一本を慣れた手つきでセフィライズへと投げ飛ばした。
「まぁ、今日俺たち、今から模擬戦するんだけどね。よかったら見ていってよ」
「かなり鈍ってるから」
「って、言いながらお前の方が強いってのがなぁ」
シセルズが苦笑しながら練習場の真ん中へ移動する。それにセフィライズも続いた。お互いに向かい合い、模擬試合の為の挨拶を取り交わす。息を整え、真剣な目を向けた。
「じゃ、スノウちゃん。合図よろしく!」
スノウは声をかけられ、戸惑いながら立ち上がる。床掃除用の雑巾を、足元のバケツに添えておいた。
「はい、では。お願いします!」




