2.出発準備編 推測
「わたくしは、もう一つ存じ上げております。おそらく、リヒテンベルク魔導帝国内に一箇所あるかと」
レンブラントの発言に、セフィライズが驚いた表情を見せる。しかし、カイウスとシセルズは知っていたのか何の反応も示さなかった。
「セフィライズには言ってなかったな。レンブラントの出身国はリヒテンベルクだ」
レンブラントはその言葉と同時に頭を下げる。どういった経緯でこの国で働いているのか。しかしそれを聞いたところ何も変わらない。セフィライズもこの国の出身ではないのに、今こうしてカイウスの側近をしてるわけだ。出身地など、あまり意味のないことだ。
「だとしたら、残り二つ、ということに、なりますね……」
話しながら、セフィライズは息が途切れそうになった。苦しくなり、胸を抑える。シセルズが駆け寄ると、カイウスに促されベッドに横になった。
「……申し訳ありません」
「いや、こちらこそすまないな。まだ話せる状態ではなかったか」
「いいえ。しかし、もう一つよろしいですか」
セフィライズが思うに、コカリコで見たウロボロスは実体化しているところとしていないところがあった。コカリコの街に到達するまでのウロボロスは左腕と頭部。そしてコカリコの封印を解いたと思われる状態になって見るウロボロスには右手も追加されていた。
解かれた封印は三箇所である、という憶測ができる。
「白き大地ではヨルムは七つに裂かれたと言われています。頭部、右腕、左腕、胴、右足、左足……最後は、心臓」
今まで上がっている、封印の場所は。
セフィライズ達の出身地である白き大地、スノウの出身地であるカルナン王国、コカリコの街、リヒテンベルク魔導帝国、アリスアイレス王国……残り二箇所の所在は明らかではない。
「封印が解かれたのは、コカリコは確定として、残り二箇所……どこが解かれたのか」
「白き大地ではないのは、お約束できますね」
シセルズは即座に答えた。普段は見せない真剣な顔で、しかも物凄く不快そうな表情をしている。
「何故だ?」
カイウスが思うに、リヒテンベルク魔導帝国が攻め入った後は、廃墟と化している国。どんな連中が動いてるかわからないが、どう考えても誰もいない荒廃した場所の封印など、最も簡単に解いてしまえそうに思えたからだ。
「それは……」
セフィライズは言葉を濁した。視線をシセルズに送ると、彼もまた言葉を詰まらせている。二人が黙ってしまう理由は、カイウスにはわからなかった。が、しかし。
「わかった、理由は聞かない。信じよう。白き大地に人を派遣した方がいいか?」
カイウスは深く追求はしなかった。何かを隠しているのは分かっている。でも悪意ではない。そう信じているからだった。
「いいえ、あそこにはもう。何も、ありません」
シセルズは自虐気味に笑う。セフィライズを見て、自身の体を抱くようにして目元の黒いアザのような印に触れ、目を閉じる。
言っても、差支えないのかもしれない。しかし、説明に苦しむのだ。それは、白き大地の封印が唯一移動するからに他ならない。そして今、それはこの部屋にある。
シセルズの左目。それが白き大地の、ヨルムの心臓が封印された場所なのだ。白き大地の民は代々、眼球の封印を受け継いできた。目じりの印は、継承者の証。
「一番にできることは、この国の警備を強化することぐらいか」
カイウスが椅子に深く座り直す。話すことに疲れたセフィライズが、何度か息を深く吸った。
「セフィライズ、四ヶ月後は、動けそうか」
「……はい。何か、ございますか?」
あのガラスの小瓶の入手先は、隣国カンティアから来たと自称する商人。そして、ちょうどカイウスに、ある招待状が届いていた。レンブラントに目配せをすると、彼は懐から端が古美色に染まっている羊皮紙を取り出し、カイウスが受け取る。
「近く、隣国カンティアの第一王子が、婚姻されるそうだ。その祝いの席に呼ばれていてな。リシテアと、お前に行ってもらおうと思っている。もちろん、あの小瓶の出どころを探る仕事も込みだ」
手紙をセフィライズに手渡すと、彼はそれに書かれた文字を視線で追った。四ヶ月後に開かれるその祝賀まで逆算するに、一ヶ月後には動けるようになっておきたいところだ。
「そこに書かれている通り、騎士を同行させなければならない。お前をリシテアの騎士に任命する。向こうでは多分、まぁお前の想像通りだろう」
内容を読む限り、一週間もの間祝賀が開かれるのかと思うと、セフィライズは顔色を曇らせた。そして騎士を一人、と言うのも、何をさせられるか想像がついた。どうせ貴族の道楽、余興の一つとして試合でもさせられるのだろう。
壁超え、多くの国が集まるだけに、存在感を示すのにも丁度いい舞台。セフィライズを選ぶカイウスの気持ちもわからなくはないが。
「私では、荷が重いかと……」
どう考えても社交的に話せる方ではない。それに、祝賀となると堅苦しい服を着る事になる。持っていない訳ではない。もてなしの際に着ているそれだが、セフィライズはあまり好きではなかった。そして祝い事の席で行われるのは、会話だけではない。どう考えてもダンスも込みだ。
「お前ももうそろそろ、外交を覚えろ」
「……」
後ろで聞いていたシセルズは、俺は絶対遠慮したいという表情をしながら、やや同情気味に弟を見た。




