1.出発準備編 理由
雪の降らないアリスアイレス王国は、透き通る空気に包まれていた。
タナトス化の原因である、あの黒い液体の入手先。知っているのは大量に購入したツァーダの娘、ルシアナ本人のみ。セフィライズとスノウのおかげで人間に戻った彼女は、父親であるツァーダからそれらについて聞き取りを受けていた。
今日は、その報告を聞く日だ。
シセルズはまだ療養中のセフィライズに代わって、ツァーダと共にカイウスに面会をしていた。
タナトス化の理由、小瓶の謎。壁から突然現れたウロボロス、邪神ヨルムの封印。これらは必ずどこかでつながっているはずだ。しかし、まだ足りない。決定的なものが欠けている。
「小瓶の入手先は、隣国カンティアから来た商人……それ以上はわからない、でいいな?」
報告を済ませたツァーダに対して、カイウスは強めの音を選んで言う。お咎めを受けると思っている彼は、震えながら頷いた。
その商人の行く末も今や不明。隣の国から来たと名乗ってはいるが、それが真実かもわからない。
「それでシセルズ、セフィライズの様子はどうだ?」
「会話は出来る状態です」
完全に回復はしていないという意味を含んだ言葉。カイウスは即座にそれを理解し、立ち上がった。
「呼ぶのは無理か。なら出向こう」
カイウスが部屋から出ていくのに続くのは、執事のレンブラント。しかしシセルズは、まだカイウスと弟を合わせたくなかった。本人は何も言わないが、かなり体が辛いはず。もう少し療養してほしい気持ちがあった。
セフィライズが療養している部屋の扉を叩く。シセルズが先に扉を開けると、ベッドの上で眠っているセフィライズがいた。カイウスに視線を送ると彼が頷いたので、先に部屋に入る。弟の肩を叩き、軽く揺すった。
「セフィ、起きれるか? セフィ……」
「ん……兄さん……?」
「悪いな。カイウス殿下が、話があるって」
「今……?」
セフィライズは起き上がった。まだ体が重い、項垂れるように座るも、胸の下に手を添えて、呼吸を繰り返す。辛そうにしていたが、次第に表情が締まると、真っ直ぐシセルズを見た。
「大丈夫」
呼吸を整えて意識を切り替えたが、しかし無理をしているのがわかる。シセルズは頷いて、カイウスを部屋へ招き入れた。セフィライズのベッドの近くに椅子を置くと、そこに座ってもらう。
「セフィライズ、体はどうだ」
「申し訳ありません、このような状態で。問題ありません」
ベッドの上で座りながらセフィライズが敬礼をし頭を下げる。その姿を見て、だいぶと調子が悪るいのがわかった。元々色白で、神秘的な雰囲気のある長い銀髪が肩下でまばらに広がっている。少し頬が痩せているように見えた。
「そうか、今回の事で、お前の意見も聞きたい。辛くなったらいつでも横になってくれて構わない」
「ありがとうございます」
セフィライズがカイウスを真っ直ぐに見て、再び軽く頭を下げる。カイウスは手短に話を伝えた。
まず、あのタナトス化した人間は、コカリコの街で見たものと一緒かどうか。これにセフィライズは静かに頷いた。初めて見た生物だが、同じようなものである事は間違いない。
カイウスが他に、気がついたことがないか聞いてくる。邪神ヨルムの封印について、以前も報告した通り。何者かが目的もわからないままに封印を解いて回っているのだろう。考察するに世界のマナ不足が原因である可能性が高い。
しかし、何故今更、邪神ヨルムなのか。セフィライズは不思議で仕方なかった。もはや殆どの人の記憶から忘れ去られ、文献でも残された資料は少ない。白き大地の民のような、古く伝わるものを重んじているような一族の、その中でもごく一部しかもう知らないであろうもの。そのヨルムがどんなもので、どうして封印されているのか、そこまで知っている者が、この世界にどれだけいるだろうか。
「文献で、封印の場所について調べていましたが……」
セフィライズが調べた内容を述べる。まとめて報告するつもりだった為に、まだ資料を提出していないことを先に詫びた。
「封印があったとされる場所は、白き大地、スノウの出身地であるカルナン王国。そしてコカリコの街、残りは四つ、です」
「一つはわかるぞ、ここアリスアイレスだ」
カイウスの言葉に驚いたのは、セフィライズだけではない。シセルズもまた驚いていた。聞いたこともない、そのような場所があるという事を。
「王族でしか共有してないがな。といっても、入り口は塞がっている」
カイウス自身、その封印がある、という事実しか知らない。数百年という年月、王族だけで守ってきた事実。それがどんなものかまでは理解していなかった。
「失礼ながら、場所をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「アリスアイレス城内にある庭園の、フェンリルの像の下だ」
それにセフィライズは納得した。顎に手をあて、熟考する。
コカリコの街で、ガーゴイルの像があった場所に大穴が空いていた。あのガーゴイルが、封印の守護であった可能性が高い。原因はわからないが、封印を暴こうとする、もしくは暴いてしまった場合は、あの石像が動き出す可能性がある。
「……相手側が誰かはわかりませんが、いつかはこの国で封印を解こうとするでしょうね」
カイウスは不敵に笑う。この国で不届きなことをする輩など、一瞬で叩き潰すだけの自信があった。
「この国を落とそうなどと、よもや考える奴がいるとは思えないな」
「確かに……」
「申し訳ございません。一つよろしいでしょうか?」
後ろで待機していたレンブラントが、頭を下げながら二人の会話に割って入った。




