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外伝 療養中の日々



 シセルズは想像以上に過保護かもしれない。

 スノウがそう思ったのは、最初セフィライズのお見舞いに行きたいといった時、かなり渋い顔をして見せたからだ。しかも、話を聞くにどうやらセフィライズを部屋にほぼ閉じ込めている様子。


 しっかり回復するまで。

 あいつは無理するタイプだから。


 シセルズはスノウと会うたびにそんな言葉をずっと繰り返している。だいぶ時間がたってからやっと会った彼は少し痩せていたけれど、特に問題はなく元気そうだ。それから数日。






「おはようございます。頼まれていた本を、借りてきました」


 三日に一日程度ではあるが、スノウはセフィライズの療養する部屋を訪ねるようになった。その時に、セフィライズからたまに頼みごとをされる事がある。

 今日は、図書館で借りてきてほしいと言われた本を届けに来ていた。


「ありがとう」


 ベッドで上体を起こしているセフィライズが、部屋を訪ねてきたスノウを見て軽く頭を下げる。長く伸ばしている繊細な銀髪がさらっと落ちた。それを邪魔そうに髪を後ろに流している。


「伸びましたね、髪」


「ああ、うん」


 スノウはサイドテーブルに本を置き、その隣の椅子に座る。セフィライズが本に手を伸ばすと、また髪は彼の視界へと落ちてきたようだ。

 スノウは自然とその髪に手を伸ばす。セフィライズも拒まなかった。胸元より少し下ぐらいまで伸びた銀髪。彼女は立ち上がり、それを纏めながら優しく結ぶ。少しは邪魔にならないといいなと、思いながら。


「ありがとう」


 スノウは間近に見る彼から、なんだかわからない儚さを感じ心配になった。


「あの……しっかりと、お食事とか……とられてますか?」


 本を手繰り寄せてページをめくる彼の手が以前よりも白く感じる。痩せてしまった頬も、首も、なんだか病的な色。それにかかる神秘的な銀髪は、少し癖がついているせいか、乾燥しているせいか、広がっていた。


「食べてる」


 スノウは彼の返事に変な間があった気がした。疑うような視線を向けてしまい、その先で彼が苦笑している。


「今日も残さず食べた」


「何か、食べたいものがあればお届けしますよ」


「んー……」


 少し悩んでいる仕草を見せるセフィライズ。いつもなら特にない、問題ない。といった言葉がすぐ返ってくるような気がした。


「食べかけだった」


「え?」


「机の上に、置いたままにしてしまって。すまない」


 スノウは考えた。彼が何を伝えようとしているのか。

 何が食べかけだったのか、何を置いたままにしたのか。


「あ!」


 ツァーダの邸宅に一緒に行く前。セフィライズの執務室でスノウはお昼にと作った食事を彼に渡した。その時、半分食べたセフィライズは後で頂くよと確かに言っていたはず。


「あの、えっと。わたしの作ったあれですか?」


「食べるよ。持ってきてほしい」


 スノウは一瞬、いつの話だったか分からなくなった。つい昨日だったかと言われればそんな気がする。しかしすぐに首を振った。


「もう何日もたってますし、流石にその……処分させて頂きました」


 スノウは人の物を勝手に捨てたような感覚になり、申し訳なさを覚える。


「そうか」


 この人はたまに、当たり前の事を間違ったり、変なことを本気にしたりする。しっかりしているようでどこか、抜けているような。なんだろう、たまに手を握って引っ張ってあげないといけないと思う瞬間がある。

 ふわっと飛んで、消えていなくなってしまいそうだと。


「あ、の……」


「ん?」


 そこにいると、確かめたくなってしまった。

 スノウは何のためらいもなく、自然とセフィライズの左手を握る。しっかりと触れる事ができて安心した。


「あぁ……これは、ありがとう」


 その左手を再生させたのはスノウ。

 セフィライズは触られた意味がわからず、治った事への感謝を口にした。


「あ、えっと。すみません。あの……」


 スノウは自分が何のためらいもなく彼の手を握った事が恥ずかしくなり、その手を引いて胸元に抱いた。ぎゅっと目を閉じ、顔を下に向ける。心臓の音が耳元で聞こえた。それが外まで漏れてるのではないかと不安になる。

 ふわっと、頬の近くの髪を何かが撫でた。目と閉じていてスノウにはまったくわからない。ただ、何かが一瞬。

 顔を上げると、目の前で手をベッドにつき、スノウのすぐ近くまで体を寄せているセフィライズと、彼の手が目の前にあった。


「何か……悪い事を、言っただろうか」


「違います! あの、わたしが……えぇっと。いえその……食べたい物の話でしたよね! 作ってきます。同じものを!」


 スノウは慌てて立ち上がり、セフィライズに背を向けて勢いよく歩いて部屋を雑に出てしまった。閉めた扉を背に、息を深く何度も吸って吐く。

 彼に困った顔をさせてしまった。申し訳なさそうな表情も、一緒に。

 さらに慌てて出てきてしまって、きっとセフィライズは今頃困惑してるに違いない。もう一度、戻ろうと思った時だった。


「あっれ。今日も来てた?」


 目の前に突然現れたシセルズに、スノウは取り乱し、何かよくわからない事を言って頭を下げその場から逃げてしまった。






「なんか、部屋の前にスノウちゃんいてたけど」


 シセルズは部屋にはいる扉を開けながら言う。ベッドの上にいるセフィライズが、複雑そな表情をしながら兄を見ていた。


「さっき、少し話した」


「で、何かあったわけだ」


「何か……いや、何も、ないとは思う」


 何もないと思う。そう言いつつも眉間に皺をよせ困った表情のままだった。シセルズは思わず苦笑する。


 スノウが来たことで、セフィライズに変化がある。以前にも増して人間らしく、人との接し方に悩む姿が微笑ましい。

 シセルズはスノウの気持ちを知っている。だが、弟がどう思っているかは知らない。ただ、そんなに嫌いではないはずだ。現にスノウはセフィライズの心のそばまで、とても近づいているのがよくわかる。だから今、シセルズの目の前のセフィライズは困っているのだ。


「よく、わからない」


「スノウちゃんを、どう思ってるかって事か?」


「それは……それも……なんだろう、どうしたらいいかわからない」


「まぁ、今はそれで。いいんじゃねぇかな」


 スノウが変えてくれると思った。そして今、目の前で変わっていくセフィライズを見て、シセルズは自然と笑みをこぼした。


「おーおー悩め悩めー」








end





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