外伝 傷の治し方
シセルズは、セフィライズの執務室にだらだらと居座っていた。昨日飲んだお酒と、アテが美味しかったとか、そんな話をしながら。スノウがその返事をしつつ、書類をトントン、と机につけて整えていた。
「スノウちゃん、今度一緒に行こうよ! ふたりで」
「わたしは……」
「兄さんと二人は危ないと思う」
つけペンを片手に顔を一切上げず、セフィライズが感情のこもらない声で言う。
「んー? 危ないとは、どういうこと?」
シセルズは、具体的な何か、を言わせようとあえて悪い顔して笑ったが。そういえば、こいつにそういうのは効かなかったなと思い出した。
「スノウは一角獣と契約している。彼らは穢れを嫌うから」
「ほぉおーん。つまり、スノウちゃんって……」
「セクハラだと思う」
「セフィが言い出したんだろ!」
スノウは書類を顔付近にまで上げ、隠しながら俯いた。事実ではあるが、そんな話をされると恥ずかしい。
「穢れれば魔術は使えなくなるって事だよ」
だから手を出すな。という事が言いたいのだろう。しかしそれは、能力を守る為なのか、スノウを守る為なのか。果たしてどっちの意味で使った言葉なのだろうか。
「痛っ」
スノウが紙を一枚、取ろうとして端で切ってしまった。人差し指の中腹、横のあたりにスッと一本、線がのびる。うっすらと血液が染みていた。
「切ったのか」
「ごめんなさい、大丈夫です」
セフィライズのすぐ隣で立って作業をしていたスノウは、右手を見ながらどうしようかと思う。とりあえず、舐めようと思った、その次の瞬間。
「ひゃぁあ……」
スノウは拒むことも、逃げることも、身を引くことも。何もできず、立ち上がったセフィライズが、彼女の手を取り、そしてその傷口を舐められた。
「ばっ! 何やってんだよ!」
目の前で、唐突に起きた出来事に、シセルズのほうが慌てる。
「何って、兄さんが紙で指を切った時はまず舐めなさいって、言ってたよね」
久々に見た、弟の無垢というか天然というか。無知というか、応用ができないというか。シセルズはため息をつきながら立ち上がった。
「あのな、それは自分だけ。人のは舐めないの。それこそセクハラだぞ」
「そう、なのか……」
彼はスノウの手を離し、とても後悔した顔をして下を向いた。
「すまない……」
「い、いえ。だ、大丈夫です。あ、ありがとうございます」
スノウは言ってから、ありがとうございます、は違うなと思った。しかしそれぐらい混乱して、とても恥ずかしくて。
心臓の音が、うるさい。
「それ二度とやるなよ、気持ち悪がられる」
「わかった」
スノウは人差し指を見ながら、再びうっすらと浮いてきた血を見て、舐めないと、と思ったけれど。到底口を付ける事などできなかった。
「じゃあースノウちゃんの指なんだから、自分で舐めないとね」
シセルズは、スノウが恥ずかしがっているのに気がついていた。わざとらしく、わかりやすく、言ってみる。ちょっと、虐めてみたかっただけ。
「あ、わ……わたし、大丈夫です! ちょ、っと……い、医務室に行きます!」
シセルズは、その程度ではいかなくてもいいだろう、と思ったのだが。声をかける間もなくスノウが走って出て行ってしまうので、それはそれで面白かった。
「と、いうことで……わかりましたか? 人のは舐めません。本人が舐めるか、ああやって自分で何とかするから」
シセルズは久々に諭す口調で話したなと思った。子供の頃はあれもこれも、指示しないとよく、とんでもない事をしたものだと思う。ちゃんと学習はするから、今はほとんど無くなった。やっと人間味がでて、普通、にだいぶと近づいている。だから、懐かしいと言えば、ちょっと懐かしい。こういうところがまだあるから、つい子供扱いしてしまう自覚があった。
「わかった」
シセルズは、いくつになったんだよ、って言いかけた。しかし、スタートラインが人と違うから、そこは仕方ない。
思い出すのは、本当に人間味なんてカケラもなかったあの頃。手を伸ばし、引き上げて。心を尽くして、今やっと、やっとここまできた。
「スノウちゃんに申し訳ない事したなって思ってるんだったら、今日は夜、飯でも奢ってやれ」
スノウへ、ちょっとしたご褒美のつもり。きっと彼女も喜ぶだろう。シセルズはにやりと笑いながら言った。戻ってきたら、弟がどうやってスノウを誘うのか。それに彼女がどう反応するのか、想像するだけで楽しかったから、もう少しここでダラダラする事にした。
擦り傷の治し方 END
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