外伝 儚い言葉 3
広い室内庭園でシセルズを探す。しかし見つからない、気持ちばかりが急く。走りながら、その庭園をあとにしようと飛び出した時、目の前を歩いてくるシセルズを見つけた。
「シセルズさんっ!」
「おー、スノウちゃん。どうした?」
左腕に違和感があるように触りながら歩いてきたシセルズは、やはり少し元気がないように顔をあげる。
「セフィライズさんが……!」
執務室で見た出来事を説明すると、ふたりは急いでセフィライズのところへ戻った。
執務室の床に倒れるセフィライズをシセルズは抱きかかえる。とりあえず、室内の応接ソファーに横にさせた。
「治癒術は……やめといたほうがよさそうか」
シセルズは深刻な顔をしているスノウに話しかける。二人とも採血の後で傷口がまだ開いている。スノウの能力では、二人からマナを引っ張ってくるかもしれない。傷は治るかもしれないが、きっと良い方向には転ばないだろうとシセルズは思った。
「ごめんなさい……」
もっと、自在に操れたらいいのに。そうすれば、彼らから奪うこともないのに。いますぐ、楽にしてあげられるのに。
「スノウちゃんは、大丈夫?」
ソファーの縁に背をあずけて座るシセルズ。大丈夫、の意味を少し考えた。大丈夫、ではない。とても痛い。心が、とても。
「辛いのは、わたしでは、ないです……」
痛いのは、苦しいのは、彼らだ。
「俺もちょっとしんどいし、部屋に戻るな。なんかあったら、知らせてよ」
シセルズは、気を利かせたつもりだった。いつまでも一緒にいたら、きっと彼女のほうが辛いだろう。ひとりになりたいだろう。そう思った。
シセルズのいなくなった執務室で、浅い息を繰り返して気を失っている彼と、スノウと二人っきり。彼の荒い呼吸が聞こえるだけで、胸が苦しくて仕方ない。何もできない。いつもそう、いつもいつも、何もできない。
だらりと落ちている彼の手を握りしめた。つい先程まで、一緒に食事をしていたのに。スノウのスープを飲んで、おいしそうにしていたのに。あんなに、普通に、会話をしていたのに。
スノウは自身の唇を指で触れ、彼の薄い唇にその指を当てた。柔らかい。吐息が指にかかる。
「好きです、セフィライズさん……」
意識のない彼に、届いてほしくない言葉。灯火が、揺れるように。儚く、呟いた。
「だから……無理を、しないで……」
失うのが怖いから。いなくなってほしくないから。苦しんでほしくないから。お願いだから。
ソファーに寝かせられた彼へ、強く想った。
セフィライズが目を覚ましたのに、スノウは気がついた。まだ虚ろな目をしているも、状況が飲み込めたらしく起き上がる。
「すまない、もしかして……」
「その、もしかして、ですよ」
「そうか……」
額に手を当てながら彼はため息をつき天井を仰ぐ。だいぶ落ち着いた呼吸を、整えるように深く息を繰り返した。
「もう少し、採血の量を減らせませんか?」
「……休めば、平気だし、それに」
「平気じゃ! ……平気じゃ、ありません」
辛い。苦しい。平気なんかじゃない。苦しくて、胸が痛くて、壊れそうなぐらい。スノウは胸を掴み、彼へと懇願するように頭を下げる。
「お願い、します……心配なんです」
「どうして、君が心配する必要がある?」
顔を上げると、心から不思議そうにしている彼。
「気にしないで、いいよ」
気にしないで、なんて出来るわけない。出来るわけないのに、そんなもの、無理だから。
「わかりました……では、次は……次の採血は、必ず同行します」
「え……っと……」
「同行、します!」
スノウの強い口調に、彼はたじろぐ。視線が揺れて、困った顔をしていた。しかし譲らない。譲る気ががない。彼が、わかってくれないのなら。自分が行動するしかない。防ぐしか、ないのだ。
「……別に、見ても、気持ちのいいものじゃ、ないと思うけど……」
「同行します」
「ただ、こう。座っているだけだし。それに……」
「同行、します」
彼が断りの言葉を探している。困らせているのはわかっている。でも。
「次は、絶対に。同行します。絶対に」
「……わかった」
彼が嫌そうに、しているのがわかる。彼の手を握り、ありがとうございます、と微笑んだ。これは、彼女のわがまま。
再びやってくる、彼の採血の日。朝から嫌そうにしているのは、きっとスノウが同行するから。今日が、その日だと、とても言いたくなさそうにしていた。
「もうそろそろ、向かいますか?」
いつまでも執務室の椅子に座り、頭に手を当てて下を向いている彼に声をかける。
「スノウ、悪いけど。今日は」
「同行しますね」
彼のため息が聞こえた。それでも、譲らない。
「スノウ……、ついて、来てほしくない」
理由を用意しない、彼の真っ直ぐな言葉。心から、本当に、嫌がっているのがわかる。彼を困らせているのはわかっている。それでも。
セフィライズさんが、気がつかないから。あなたが傷つくことで、心を傷める人がいることを。大切に想う気持ちを、受け取らないから。だから、たから、自分でなんとかするしかない。
「ごめんなさい。でも、譲りません。絶対に、同行します」
再び大きく息を吸った彼は、わかりやすいため息をついた。




