外伝 儚い言葉 2
彼と行く、アリスアイレス城にある食堂。最近彼自身の姿を隠さずにいることが増えた為に、やはり食堂など人が多いところは一瞬注目が集まる。
そもそも今までほとんど利用していなかったのだろう。食事をする席の近くを移動するだけで、気がついた者たちが敬礼をするので、進みにくそうにしていた。
なるべく、端の席へ。彼と共に座ると、遠くの黒板を見た。今日のお昼のメニューは三つ。日替わりのものが二つ、定番のものが一つ。
「何になさいますか? 取りに行きますね!」
「なんでもいいよ。まかせる」
彼に取りに行かせたら、みんな敬礼したり遠慮したりと大変そうだと思った。それにセフィライズも気がついているのか、素直にスノウにまかせる。
なんでもいいと言われ、困る。とりあえず、彼女は日替わりを二種類、手に持って戻ってきた。
どちらにされますか? と、聞いても答えないだろうから、ここは大人しく自分が食べたい方を選び、残りは彼に渡した。
「ん、今日のこのスープ。おいしいですね」
スノウが取っ手付きのカップにはいったスープを、少し彼の方に突き出して、見せるように斜めにした。
「そうか、こっちとは種類が違うみたいだな」
セフィライズもまた、スープを見せてくれる。たしかに、違う種類だった。
彼の手が、スノウが持つスープに添えられる。そのままカップを取ると、スノウが何か言う間もなく、彼はそれに口づけた。
「たしかに……」
返されたスープを受け取って、スノウは固まる。いま、彼が口づけたそれは、間接キスになっていないかと。そして、続きを飲むと、自身も。
「どうした?」
顔を真っ赤にして硬直している彼女に、首を傾げながら彼自身のスープを手にとる。こっちも飲んでみるか? と聞かれたが、飲めるわけもなく。混乱のままに、変な断り方をしてしまった。
スプーンを手に取り、自身のスープをすくう。もう、カップに直接口をつけて飲むことは、できなかった。
食事を終えて、少し休憩。外を眺めるように座りながら、彼は水を飲んでいた。いつもと変わらないように見えるけれど、スノウからは、少し眠そうにしているように感じた。
「昨日は、遅くまで起きてたのですか?」
「……どうだったかな」
彼がこの言葉を話すときは、はぐらかす時。きっと遅かったのだろう。
「お疲れ様です」
スノウは微笑みながら言う。それを彼は、ちらりとだけ目にして、また視線をはずした。
「じゃあ……午後は自由にしてくれていいから」
彼が立ち上がり、食堂から出ていってしまう。ああ、採血へと向かったのかと思うと、胸が痛い。また、多く抜かれすぎないだろうか、辛くないだろうか。そう思うと、心配で、怪我もしてないのに左腕が痛くなった。彼が、血を抜く、場所だ。
自由にと言われても、特にやることもない。室内庭園を散歩していると、庭師が花の手入れをしていた。やることもなかったので、庭師に声をかけ仕事を手伝う。広い庭園なだけにやることは山程あり、あっという間に時間が過ぎた。
「よかったら、持って帰って」
庭師が適当で選んだ何本かの色とりどりの花を受け取った。そうだ、彼の執務室に飾っておこう。彼女は再び、もう誰もいないであろう執務室へと向かった。
廊下を歩きながら、花の匂いを嗅ぐ。とてもいい香りがして、にこりと微笑んだ。
明日、喜んでくれたらいいな。そう思いながら、顔をあげる。彼の執務室の扉が不自然に開き、中の光が廊下側に線になって伸びている。普通なら扉は自然と閉まるはず、不審に思い、スノウはかけよった。中に、いるのだろうか。彼は、戻ってきているのだろうか。
「セフィライズさん?」
扉に手をかけ覗き込む。目の前に、床に倒れる彼がいた。足がひっかかっている為に、扉が開きっぱなしだったのだ。
「セフィライズさん!」
花を床に置き、そばへ駆け寄る。うつ伏せで倒れる彼を、慌てて揺すった。
「う……」
息が浅い。苦しそうな表情で、しかし目は覚まさなかった。どうしようかと、彼の体に手を回してみる。抱き上げようとしても、ほんの少し持ち上げるぐらいしかできない。ひとりでは、どうしようもなかった。
「人を、呼んできますね!」
スノウは彼のマントを持ってきて、上からかける。置いていくのは心配だが、一人ではどうしようもない。慌てて執務室を出た。
人を、と言っても、彼は知らない人は嫌がるだろうと思った。向かったのは少し遠いが、シセルズのところだ。多分同じように採血をされただろう、彼が今いるのはきっと、前回と一緒のはず。




