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外伝 儚い言葉 1



 セフィライズがいないときは、自由にしていいと言われる。そして彼はよく、出掛ける。

 遠征や視察に付き合ったり、客人や貴族のもてなしに同席したり。訓練をしにいったり。いつも気がついたら、スノウは一人でポツンと何もしないで執務室に座っている事が増えた。


 遠征や視察には絶対に連れて行ってくれない。城から出る仕事は、危険だからと絶対に。彼の気遣いなのはわかっている。しかしやはり寂しいものだ。特に朝から何も仕事が与えられないと、暇で仕方ないという現実。


 スノウはソファーに座って少し高い天井を見上げる。空調の為の魔導人工物(アーティファクト)があるので、室内はとても暖かい。目を閉じると、ふっと意識が飛んでしまった。





「スノウ、スノウ……」


 肩を揺さぶられて彼女は目を覚ます。瞳に映ったのは、彼。


「体調が悪いのか?」


「い、いえ! ごめんなさい」


 慌てて立ち上がり、髪を撫でるように何度も触る。朝一番から彼がいなかったとはいえ、眠ってしまうだなんて恥ずかしい。


「何時ですか?」


「まだ十時だよ。疲れているなら、今日はもう帰っても」


「ごめんなさい、違います。ちょっと、目を閉じたら……今日は、もうどこか行かれますか?」


「昼から、採血があるから。それまではここで働く予定だよ」


 採血。その言葉に、スノウは表情を曇らせる。以前からどのくらい経っただろうか。前回は、彼の家で制止に気が付かず治癒術を使ってしまったせいで、酷い事をしてしまった。思い出すだけでも胸が痛む。


「スノウ、少し高いけどここの資料を持ってきてほしい」


 指さされたのは、一番奥の本棚の一番上。備え付けの移動できる梯子を使って取りに行く。彼女はセフィライズの机の真横、本棚の上を見上げた。

 梯子に一歩、足をかける。実は、少し高いところが怖い。特に梯子は足場が棒だから。資料の本は重いことが多くて、それも困る。一番上まで登り、本を引き出した。かなり重くて、抱えるようにして片手でもつ。梯子を一段、下ろすために足をさげる。また一段、一段。


「きゃっ!」


 ずるりと嫌な感覚が足裏から伝わった。重い本が仇となり、重心がずれると下へと引きずられる。咄嗟に資料を抱きしめてしまい、どこも掴まないまま落下する感覚だけ。


「スノウっ!」


 目を閉じた。床に打ちつけられる痛みに耐えようと。しかし何か柔らかいものの上へ、そして温かいものに抱きしめられる感覚。目を開けると、スノウはセフィライズの胸の上にいた。耳が彼の心音を拾っている、ゆっくりと優しく波打って聞こえてくる。


「大丈夫か?」


 彼の手がスノウの肩を押す。ゆっくりと、彼の胸の上で体を起こした。一瞬のことで、混乱して動けなくなる。真っ直ぐに、彼を見つめたまま、目を見開いて。そして。


「あ、あああ! ご、ごめ、ごめんなさい!」


 慌てて立ち上がり、彼に背を向ける。頬に手を当て、あまりの恥ずかしさに胸の鼓動が壊れてしまいそうなほど早く脈打っている。苦しくなるほど、顔が熱い。心臓の辺りに手を当てて、目をぎゅっと瞑った。

 まだ聞こえる。彼の鼓動の音。まだ感じる、彼のあたたかさ。


「いや、すまない。怪我が無いようで、よかった」


 立ち上がった彼は、肩を払うように動かし、床に落ちた本を拾い上げる。


「少し重かったな……」


「ごめんなさい。次は気をつけますね」


「いや、いいよ。次は自分で取る」


 セフィライズは資料を片手に席に戻ってしまった。手伝いたいのに、力になりたいのに。また一つ、させてもらえることが少なくなってしまった。それが、とても悲しかった。




「今日は、よかったらお昼を一緒にどうですか?」


 もうすぐ昼休み。いつも食事と取らない彼を、誘ってみる。たまにこうして誘うのだけれど、断られる時の方が多い。


「昼は、食べないようにしているから」


 何度も聞いた断り文句。彼もまた、慣れたように同じ言葉を繰り返す。


「今日は、午後は採血なんですよね?」


「まぁ……うん」


 言葉を、少し濁す。彼は近づいてくるスノウから視線を逸らした。


「なら、お食事を食べた方がよくありませんか? いつも……」


 いつも、辛いのではないですか? 夜も、食べれていますか? しかし続けなくても、きっと彼は何を言おうとしたか察してくれるだろうと思った。むしろ言わない方が、彼には伝わると思った。


「……わかった。今日は、食べるよ」


 彼の返事に、スノウはほっとした。






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