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外伝 花言葉をあなたに。3



 どすり。鋭い痛みが腹に走った。苦痛に顔を歪ませるのと同時、シセルズの声が耳に届く。


「セフィー!」


 シセルズは男の1人がセフィライズの腹を抉っているのをみて激昂した。突然現れたシセルズに慌てている男へ、馬から飛び降りると怒りに任せ容赦なく殴った。殺してやる、殺してやる、と心で繰り返す言葉が自然と口から出ている。


「シセルズ様、そこまでです!」


 後ろから追いかけてきたレンブラントに制止されるまで、シセルズは暴れ散らかしていた。虫の息になった男を蹴飛ばして唾を吐く。何でこんなに怒りに打ち震えたのか、シセルズにもよくわからなかった。


 弟のことを、大切に、なんて。

 していなかったはずなのに。


 血溜まりが広がっていく。セフィライズの手首を縛り付ける縄を解いたレンブラントは、自身の服を脱ぎ、止血のために傷口を圧迫するため縛った。


「まずいですね。セフィライズ様はまだ子供。この出血量は……」


 抱きかかえたセフィライズは、虚な目のまま浅い息遣いをしていた。白い肌が一層色白くなっている。だらりと垂れた手は、もうすでに動かす気力もなさそうだ。弱々しく息を吐いている。小さな声でレンブラントの名前を呼んだ。

 呼ばれると思ってなかったレンブラントが目を丸くする。そういえば、名を呼ばれたのはこれが初めてかもしれないと思った。


「大丈夫か! 今、医者に見せてやるから!」


 セフィライズの顔を覗き込む。血の気の引いている肌の色、視点の定まらない瞳。


「どう、し……て……」


 普段自ら声を発する事がほとんどない。だからその、か細く消え入りそうなその声に、シセルズは驚いた。何を言いたいのか、ちゃんと聞いてやりたい。耳を近づけ、どうした? と声を掛けた。


「どうし、て……産まれ、たの、かな……」


 苦しそうに漏らす声に、感情はこもっていなかった。空に浮かぶ月のように深い銀色の目が、遠くを見ている。何も答えられなかった。なんて答えたらいいのか、わからなかった。


「……どうしてって」


 シセルズは弱々しい手を握りしめる。視界にシセルズが入ったのか、自然と目があった。


「ごめ、ん、なさい……シ、セルズ、さん……」


 その言葉に、衝撃を受けた。シセルズは握ったその手を、強く握り返す。


 兄としても、見られてない。血が繋がっているだけだ。今まで何か、こいつにしただろうか。ただ一緒に、手を引いて、逃げて。そしてアリスアイレス王国でともに暮らしている。それだけの、ただの他人なんだ。

 思い返せば本当に、セフィライズが産まれてから。存在しているのかしていないのかわからない弟だった。白き大地にいたころ、小さなセフィライズはよく芝生の上に寝転んで空を眺めていた。いたるところに怪我をして、誰かが治療した雑な包帯が鳶色に汚れている。

 それを生きていると認識しながら、人だと認識していたかどうか怪しい。それは、今もそうだ。疑っている。ただ、生きているだけの()()ではないかと。


 だから当たり前なのだ。兄として見られてなくても、当然だと笑い飛ばせるぐらいどうでもいいと思っていたはずなのだから。

 だというのに。


「違うだろ……シセルズさん、じゃ、ないだろ……俺は、お前の兄だよ。ほら、言ってみろ、兄さんって、言ってみろよ」


「に、い……さん……?」


「そうだよ……」


 兄と、認識してほしい。そう強く思ったのだ。


 











 アリスアイレスの室内庭園で、樹木や草花の剪定が行われた。花の植え替えや更新は、有志で集められる。土いじりを楽しみたい者も多く、かなりの人数が毎回集まっていた。

 庭の一角に、白くて小さな花が咲き乱れる場所がある。少し茂り過ぎたそこを、スノウは剪定していた。


「これ、少しいただいてもいいですか?」


 切り揃えた後のものは全て肥やしになる。綺麗な花なだけに勿体無くて、了承をもらうと白い花束にして持っていった。




「おはようございます」


 セフィライズの執務室に入ると、既に彼は仕事をしていた。花を生ける瓶がないか探す。


「おはよう。それは……どうした?」


 スノウがもつ花を見て、彼は一瞬顔色を曇らせる。スノウは首を傾げた。花瓶に生け終わり、セフィライズの机のそばまで持ってくる。花びらが数枚、机の上に落ちた。


「フォスフィリアという名前だそうですよ。綺麗なお花ですよね。花言葉は」


「……生まれてきてくれて、ありがとう」


「ご存知だったのですね、花言葉」


 セフィライズは机の上に落ちた花びらを一枚摘んで目の前に持ってくる。あの時見た花だ。

 あの後、シセルズが花を気に入ったセフィライズの為に、株と種をわけてもらったのだ。その時に聞いた、花の名前、花言葉。


 皮肉かな、なんて思った当時の自分。兄が差し出した株分けされた花を受け取って、花言葉を聞いた時だ。


 ーーーーお前がこの花を気に入ったのは、絶対皮肉なんかじゃない。俺たちは、生きているから


 そういった、兄の言葉を思い出していた。


「……セフィライズさん?」


「ん、あぁ……すまない……昔の事を思い出して」


「そうなんですね。私はこのお花すごく気に入りました。花言葉も、素敵ですよね」


 白くて可憐で、多くの花が密集したように一つの茎から上がっている。それが数本集まるだけで様になっていた。とても素敵な花だとスノウは思う。そしてどこか、儚げなところも。


「似ていますよね」


「ん?」


「セフィライズさんに、似ています」


「……そう、かな」


「そうですよ」


 スノウは机の上に花瓶を置いた。笑顔で彼の顔を覗き込む。最初に花言葉を聞いたとき、とても素敵だと思った。同時に、彼の事を思い出す。この花は、彼に送りたいと思ったから。花言葉をあなたに。


「セフィライズさん、生まれてきてくれてありがとう。ですよ」


 その言葉に、彼はスノウを見て微笑んだ。










 花言葉をあなたに。end









本作品を読んでくださり、ありがとうございます。

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小説家になろうで活動報告をたまにしています。

Twitter【@snowscapecross】ではイラストを描いて遊んでいます。

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