外伝 花言葉をあなたに。2
カンティア側が用意した滞在場所は庭付きの豪邸だ。庭には色とりどりの花が溢れかえっている。アリスアイレスでは見ることが出来ない美しさだった。
滞在中、セフィライズはよく庭にいた。今日も花を一つずつ愛でて回っている。ただ座って、見つめるだけ。その光景をシセルズが見守るのは、アリスアイレス王国の室内庭園と一緒だ。
「何が楽しいのかねぇ……」
話しかけても喋らないから、ほとんど会話をしたことがない。何を考えて、何を思って、何を感じているか、というのが全くわからないのだ。
今はちょうど髪を伸ばしている時期で、胸元辺りまで長さがある。その長髪と幼さで、弟ではなく妹に見えなくもない。
「少しよろしいですか?」
同行者の1人としてついてきた執事のレンブラントが、シセルズを呼ぶ。セフィライズに一声かけ、シセルズは室内へと戻った。
セフィライズは1人きりで庭の中を移動する。端にある低木の柵まできた。1箇所、根のあたりに隙間がある 。セフィライズは一瞬止まるも、ゆっくりとしゃがみその隙間を潜った。
向こう側へ頭を少し出し、左右を確認する。大きな通りに並ぶ似たような建物がずっと遠くまで続いていた。
ふと、目の前にどこの庭でもない花畑が見えた。
白い小さな花が一つの茎から分岐した先に密集して咲いている。その花が一面に広がって、まるで白い雲のようだ。
柔らかくて、優しい香り。その可憐な花に魅せられて、セフィライズは思わずその場所まで足を進めた。
セフィライズは自身の胸ぐらいまでの背丈がある花の群れに入っていく。
なんという花か、見たことがない。セフィライズは疑問に思ったのか、花を1本詰んだ。茎をもち、花の香りを吸う。やはり、とてもいい匂いだった。
ほんの少し、表情が緩む。その時だった。
「みーっけ!」
セフィライズが振り返ると、目の前には大きな影。それが人だと認識するよりも先に、視界が真っ黒になった。
「セフィー! おい、セフィ! どこだー!」
シセルズはレンブラントと共にセフィライズを探していた。庭の隅々まで見渡すも弟の姿がない。建物の裏、井戸の中、背丈のある草花をかき分け名前を呼ぶ。しかし、見つからない。
「シセルズ様、こちらを」
レンブラントに呼ばれてシセルズは庭の端へと行く。低木の根本の隙間に、人が通った跡があった。大人では通り抜けられないため正門から周っていく。低木の隙間から、目の前の白い花畑まで、ひっかかったのか葉が数枚落ちていた。花畑のいち部分、異様に花がへし折られ散らばっている。道の先まで落ちているその花びらの先を見ると、不自然に一本、茎を長く残したそれが落ちていた。
「まさか、そんなわけ……」
「髪を、隠されていましたか?」
「え?」
「セフィライズ様は髪をそのままで、誰が見ても白き大地の民と、わかる状態ではなかったですか?」
レンブラントのその質問に、シセルズは目を見開く。シセルズにとっては当たり前のその姿は、地面に落ちている金塊と変わらない。
連れ去られた。それしか答えは出ない。道に残るまだ新しい馬車の跡。
「追うぞ!」
シセルズは慌てて、馬を取りに戻った。
麻袋を頭からかけられ、周囲の音しか聞こえない。セフィライズは体を紐で縛り上げられたまま、馬車に揺られていた。しばらくして、動きが止まる。荷物のように担ぎ上げられ、どこかの建物の中へと放り込まれた。その衝撃で、頭から麻袋が外れる。
ガタイのいい男が2人。1人はとても慌てていた。
「これ、アリスアイレス王国の紋章じゃねぇのか。こんなの、連れてきたらバレるぞ」
男はセフィライズの腕章を目にして驚いている。
「いいんだよ。バラして売ればいいんだから」
男らが何の会話をしているのかなんて、もうわかりきっていた。だから、扉が閉められそうになるその瞬間、セフィライズは立ち上がり男達へと突進する。怯んだ隙に建物から飛び出した。しかし長く伸ばした髪を引っ張られて捕まってしまう。
「このガキがッ! 大人しくしてろ!」
馬乗りになられ、頭を強く殴られた。すぐに抵抗するのをやめる。大人しくなったセフィライズに馬乗りになり、ナイフを取り出していた。床に散らばっている髪を根本からつかみ上げられる。うなじから上へ。ばっさりと髪が切り落された。
「しっかり回収しとけ」
もう一人の男に、切り落とした髪を渡している。用意した袋の中に丁寧に入れていた。
セフィライズは地面を虚ろな目で見る。これからどうなるか、想像にたやすい。争うか、争わないか。しかし相手は大人の男性2人、敵う相手ではない。
「さて、お前にご主人がいるか知らねぇが、さっさとバラしますか」
仰向けにされ、ナイフが振り落とされる。
もう、いいだろうか。
セフィライズは目を閉じた。




