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47.謀略の黒化編 牢屋



 シセルズは理由を聞いて呆れた。あまりにも自己中心的すぎて、もはや怒りすら湧かなかった。しかし、自身の娘がこのような異形の姿になったと知られたら、噂は瞬く間に広がる上に、ツァーダの地位はどうなるだろう。揺るがないにしても、娘をいつまでも生かしておいていられるかもわからない。処分、されてしまうかも知れない。治す手立てを探すには、彼の思考ではこの手段しか思いつかないのも頷ける。


「お嬢様に会ってもよろしいでしょうか」


 その話を聞いていたセフィライズが突然言うものだから、ツァーダは顔色を変えて殺さないでくれと叫ぶ。セフィライズは無表情のままに、殺す気はないと答えていた。


「状態を把握したいだけです。見れば、わかるものがあるかもしれません」


 本当に殺さないだろうなとツァーダが何度も念押しで確認してくる。そもそもツァーダの話では小瓶の入手先を知らない。知っているのは怪物となった娘のルシアナ本人のみ。ならば、どうにかして本人から聞き出すべきだ。

 ツァーダが震えながら指差した先は、応接室の本棚だった。


「隠し扉がある。ちょうどそこにな……」


 足取りがおぼつかないまま、手足の震えを我慢できない状態のツァーダが立ち上がり進む。本棚に手を伸ばし、数冊の本を退け奥に手を伸ばして何かを押している。その後本棚の側面に周り、強く引いた。本棚が石と擦れあうような音を立てながら移動すると、そこには地下に続く階段があった。


「兄さんは、そこにいて。見てくるから」


 一人で行こうとするセフィライズの後ろを慌てて追うスノウ。彼女に気がついて足を止めて、瞳をみるもその真っ直ぐな視線。何を言っても無駄だろうなとセフィライズは思った。牢屋に入れられているようだし危険はないだろうと頷いて見せると、彼女もまた頷いた。


 地下へと続く石造の螺旋階段。しかしそんなに深くはなく、すぐに地下空間へと出た。小さな灯りの為の魔導人工物(アーティファクト)に照らされ、壁には剣や斧が飾ってあるそんなに広くない場所。階段のすぐ目の前に牢屋があり、猛獣用というだけあって太い鉄格子が見える。そして中には、黒いヘドロを巻きつけたような、醜悪な見た目と匂いを放つ怪物と化したツァーダの娘、ルシアナがいた。

 今まで見てきたタナトスは、人間とみればすぐに襲ってきたようにも思う。しかしそのタナトス化した彼女は、妙におとなしく、鉄格子の隙間からこちらに手を伸ばしながら口を大きく開けていた。


「スノウ、一度使ってみてくれないか」


 セフィライズは壁にかけられた剣を手にとり、刃先を自身の左掌に当てる。浅く切るとうっすらと血が滲んだ。

 スノウはセフィライズの行動をみて、何を依頼されたか理解する。両手をかざして、彼女は治癒の詠唱を始めた。


「我ら、癒しの神エイルの眷属、一角獣(ユニコーン)に身を捧げし一族の末裔なり、魔術の神イシズに祈りを捧げ、この者の穢れを癒す力を我に。今この時、我こそが世界の中心なり」


 セフィライズの血液からマナが集まり、スノウの掌に集まる。光の粒子が集約され玉となってタナトスに向かって飛ぶ。怪物に当たり光が拡散して広がった。しかし、何の変化もない。

 能力が足りないのか、それともマナが足りないのか。


「何か、方法はないでしょうか……」


 手を顎に当て、セフィライズが考えだしたのを察して、スノウは黙ったまま待った。地下室に設置された、たった一つの光源がゆらゆらと、不自然に揺れている。


「スノウ、君に聞きたいことがある……」


 伏し目がちなセフィライズの瞳が、真っ直ぐにスノウの青緑の瞳を見た。


「君は……切断を治せるか?」


 彼の質問の意味を、スノウは最初理解できなかった。切断、というのは何か。彼女の戸惑いにセフィライズが気がつき、薄く笑った。


「そうだな、試してからにするか」


 スノウが切断の意味を理解したとほぼ同時に、彼は持っていた剣を高く振り上げる。「待って!」とスノウが大声で叫んだ。しかし振り上げられた剣は、真っ直ぐに落ちてくる。彼の、左腕へと。


 目の前で、セフィライズの左手が、彼自身の手によって切り落とされる。骨が砕ける鈍い音を、スノウは聞いた。血液が今までにみたこともない量で噴き出ると、彼女の衣服に赤い斑点を散らす。


 息を呑んだ。


 現実が、理解できない。口元を抑え、体が震える。

 動けない。

 どうていいかもわからず、頭は真っ白になった。


 セフィライズは切断に使った剣を床に投げ、苦い表情をしながら自身の落ちた左手を掴み、タナトスへ向けて投げた。激痛と、急速に血液が失われる感覚で壁にもたれ、うずくまる。

 タナトスは大きな口を開け、それを食らいはじめると、牙が骨を砕く音が地下室に響いた。


「飲み込む前に、詠唱を」


 腕をおさえ、苦しげに発せられた言葉に目を覚まし、スノウは慌てて詠唱の言葉を紡いだ。


「我ら、癒しの神エイルの眷属、一角獣ユニコーンに身を捧げし一族の末裔なり、魔術の神イシズに祈りを捧げ、この者の穢れを癒す力を我に」


 うずくまる彼の無くなった腕の傷口から、大量の血液がマナに変換されていく。タナトスの貪るように食らわれている左手もまた、口の中で淡い光を放った。先ほどよりも大きく、強固な輝きを放つ光の球を、タナトスに向けて。


「今この時、我こそが世界の中心なり!」


 彼女の魔術が、目を開けれていられないほどの輝きを放った。



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