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44.謀略の黒化編 訪問者



 ツァーダとの面会の約束。セフィライズは仕事の最中に、さりげなく。と、思いながら様子を見計らっていたが、案外すぐに約束は取り付けることができた。物凄く嫌な顔をされたのはいうまでもない。一週間後の約束となった。

 時を同じくして、スノウは長い勉強期間を終え、セフィライズの補佐として近くで働くようになっていた。彼の執務室で、指示通りに書類を整理したり、言われた資料を取りに行ったり。

 今朝も、おはようございますと頭を下げて挨拶から始まる。朝のすっと通る冷たい風。窓から小さな雪と共にセフィライズの執務室を通る。空気の入れ替えを終え、スノウは窓をゆっくりと閉じた。そのまま振り返ると、背の大きな椅子に座りデスクに向かっているセフィライズがいる。しばらくスノウは彼のその背を眺めてしまった。特に、何かを考えていたわけではなく、本当に気が抜けたように。

 その視線に気が付いたのか、セフィライズがふと振り返った。


「どうした?」


「あ、いえ……すみません」


 長い銀髪が、今日は少し乾燥して広がっている、とか。

 服はいつも、皺が無くて綺麗に整っている、とか。

 振り返った彼のまつげは、やっぱり長くて髪と同じ色だな、とか。

 色んな気づきが頭を一瞬に過ぎて、首を振った。


「……少し、出てくる」


「あの、どちらに?」


「図書室」


「資料なら、わたしが」


「いい、場所を説明するのが難しい」


 すっと立ち上がった彼は、頭一つ分ぐらい背が高い。スノウは自然と彼を見上げて、やっぱり色が白くて、でもしっかり肩幅がある。とか、そういう事をまた思って首を振った。


「はい、いってらっしゃい」


 スノウの挙動に少し首を傾げたようだが、彼はそのまま執務室を出て行った。それを見送り、ふぅと息を吐く。まだ一緒に働き出して日が浅いせいだろうか。


「しっかりしなきゃ」


 つい、セフィライズの事が気になってしまう。そんな自分はよくないと、頬をぱんっと叩いた。

 一人になった執務室はとても静かで、窓から入る朝の光は白い。冷える窓に手を当てると外は快晴で、昨晩降り積もった新雪がキラキラと輝いていた。息を吐くも室内は温かく、外のように白く広がらない。しばらく何もすることもなく、ただ外を見つめてセフィライズが帰ってくるのを待った。


「失礼するよ」


 ノックの音とほぼ同時。扉の方を見ると、真っ赤な赤毛に煌びやかな金の装飾に彩られた黒いビロードのマントを羽織った男性、アリスアイレス王国第一王子カイウスが立っていた。


「あ、お、おはようございます!」


 突然の人物にスノウは驚き、すぐさまカイウスのそばまで駆け寄り慌てて敬礼をし頭を下げる。構わないといった様子の彼は手をひらひらとさせていた。


「セフィライズは?」


「今は、図書室に……」


「ああ、なるほど。すぐ戻るだろうか」


「はい。お、おそらく……」


「そうか、では待たせてもらう」


 カイウスが応接用の赤いベルベッドに金縁のソファーへと深々と腰掛ける。それを確認して頭を下げたスノウは、急いで執務室に並ぶ本棚の奥にある給湯棚へ向かった。

 紅茶の準備をしたあと、ハロングロッタという名前のクッキーを取り出した。真ん中が窪みにラズベリーのジャムが詰められている。アリスアイレス王国ではかなり一般的なクッキーだった。

 それをカイウスの前に並べ、スノウは深々と頭を下げる。


「ああ、ありがとう」


 セフィライズはカイウス王子の親衛隊であり側近なのだ。だからこうして執務室に王子が訪ねてくるのも当たり前なのだろう。しかしスノウはとても緊張していた。何か変な事をしてしまっていないかとハラハラしながら頭を上げる。ふっと、優しい表情が彼女の目に飛び込んだ。

 まだ、とても若い。珍しい赤毛を、しっかりとポマードで整えていて、身なりが位の高さと同時に気品を溢れさせている。


「どうかな、慣れただろうか」


 自然と話しかけられ、スノウは背筋をぴっと固くしながら伸ばした。


「は、はい! とても、寒いですが……その、慣れました!」


 スノウが元々住んでいた地域は暑い。雪など見たことが無いし、こんな寒さは初めてだ。もこもこの服も、朝かじかむ手も、指先が赤くなるのも、すべてが初めての事。


「フフ、そうか」


 スノウの回答が予想外だったらしく、カイウスは少し笑った。


「すまない、セフィライズとはもう慣れたかな、という意味だ」


「え、えっと……」


「気難しいだろう。何を考えてるかわからないし、自分から思っている事はほとんど口に出さないのに、嫌な事ときたらすぐ顔に出す」


 カイウスは苦笑しながらハーブティーを口に運ぶ。口にあっただろうかとスノウは少し心配になった。


「それに妙に細かい。それを誰かに強制するわけではないが……何を考えてるかわからない上に何も手伝えないし無能だと思われている、怖い。そう感じるのか、下につけたものはみんな辞めてしまう」


 カイウスは少し深めのため息を吐いた。困っているというわけでも、文句がある、というわけでもない。なんだか思いふけっているような、そんな息の吐き方だった。


「私より年上だというのに、何故か変に幼くてな。つい、気にかけてしまう」


「幼い、ですか?」


 スノウは自然と疑問を問いかけてしまい、はっとして口元を抑える。カイウス王子にどう接していいか、まだわからないでいたからだ。


「わ、わたしがその、申し上げていい事なのか。無礼でしたら、その……申し訳ございません」


 スノウは胸元に手をあて、目を閉じる。カイウス王子と比べたら、スノウとセフィライズが共に過ごした時間など、ほんの些細だ。カイウス王子に見えていて、スノウにはまだ見えないものがあるはず。


「幼い……かどうか、わたしにはわかりません。でもその……なんだが、とてもその……」


 言葉で表現できるだろうか。あの、ふとした瞬間の切なさとか、遠くを見る目とか。何かを、もしかしたら全てを、諦めているような。でも、それは決して他人に向けられるものでもなく、自身を貶めるために使われる感情でもない。なんと表現していいのか、スノウはしばらく口をもごもごとさせた。


「せ、セフィライズさんはとても、とても優しいです。でもきっと、何かがその優しさを傷つけているのかなって。思う時があります。どうしようもない、何かが……」


 だからそんなに、諦めたような、降りおりた雪が体温で溶けるような、すっと消えてしまいそうな。


「まだ、その……セフィライズさんの心の、傍に、いてるわけでもないのですが。何か、わたしで……支えになれるような、何かできたらいいなと、思います」


 スノウはなんと話を終わらせていいのかわからず、そして何が言いたいのか自分でもよくわからなくなって慌てた。


「だから、幼い……とはその……わたしは、感じたことがなくて」


 スノウはまっすぐカイウスの目を見た。燃えるような赤い髪の色と同じ、深紅の瞳。


「幼い、とは不適切な表現だったかもしれない。そうだな……セフィライズはまだ精神面が未熟というか。これだと悪口だな」


 カイウスは再び苦笑した。


「誰が幼いですか……」


 セフィライズの声がして、スノウははっと振り返った。不機嫌そうな表情を浮かべ、本を数冊片手にした彼が立っている。それを見て、みるみる顔が熱くなるのがわかった。


「あ、ご、ごめんなさい!」


「いやいや、スノウさんが謝る事ではない。私がそう見えると、言ったのを彼女がそうじゃないと言ってくれただけだ」


 カイウスは立ち上がり、セフィライズの前まで歩く。彼の持つ本を、自然と奪うように取り上げると、振り返ってスノウへと手渡した。


「資料を置く場所はもう覚えたかな」


「はい!」


「では少し、セフィライズを借りるとしよう」


 不機嫌そうな顔のままのセフィライズの手を無理やり引いて、執務室から引きずり出す。スノウはそれを見送りながら頭を下げた。

 セフィライズに聞かれたその話を、いったいどこから聞いていたのだろう。スノウは頭の中で自身がいった言葉を必死に思い出していた。





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