43.謀略の黒変編 相手
夜、セフィライズは髪を括り黒い帽子の中に全て押し込めた。黒っぽい服を選び、一足先に兄が男と来るであろう場所に潜む。物陰に隠れて、息を潜めた。シセルズから散々文句を言われたために、今回は以前ギルバートからもらった剣を腰に帯びている。
月明かりのない、薄暗い路地。雪が黒い世界に降っているのがわかるが、白いそれもまた黒の中に溶けていく。降り続く雪が音を吸収しているようで聞こえにくい。セフィライズは目を閉じ、その時のために集中した。
一人、誰かわからない人間が近づいてくる。それは若い男だった。革製品のトランクを持ち、その路地の真ん中で止まる。明らかに、こいつだとわかる状態だが、何もせずにシセルズと男が来るのを待った。
「すみません、遅くなってしまって。実は友達が、俺も稼ぎたいって言うんで連れてきたんですけど」
薄暗い路地に、遅れて現れる男とシセルズ。友達、と表現するには、シセルズと男は歳が離れている。しかし、相手は微塵も疑ってないようで、軽い挨拶を取り交わした。
「うまい仕事があるって聞いて、ついてきたんだけど。何すればいい?」
つばの広い帽子を深く被り、顔をあげないようにしてシセルズがトランクを持つ若い男に声をかける。
「最初は三つ、お渡しします。全部無くなったら、次の一つにつき金貨1枚をお渡しします」
そう言いながら、若い男はトランクを開けた。中にはびっしりと、あの黒い液体の入った小瓶が詰まっている。一つ取り出すと、シセルズに手を出すように促した。言われた通り手を前に出すと、手袋も外すよう指示される。仕方なく、革でできたそれはずして再び突き出した。
「効果は、舐めていただければわかりますよ」
手の甲に一滴、落とされた黒い液体。その様子を見ていたセフィライズが、顔を少しのぞかせてシセルズに視線で合図を送った。シセルズが頷いた瞬間、物陰から飛び出したセフィライズが、若い男の首元へと蹴りを入れる。まるで素人だったのか、避けることもなく若い男は衝撃で端に積まれた雪へと倒れ込んだ。セフィライズはその若い男の腕をねじりあげ、地面に押し込めるようにして後ろにすると、痛いと言いながら逃げようとする。
若い男が手放したトランクをシセルズが拾い上げ、それを開いた状態のまま男の前に持って見せた。
「さぁ、これの出どころはどこかな?」
「なんだお前らっ!」
そう叫んだ若い男の腕を抑えながら、セフィライズは帽子をとった。説明するよりも、見せた方が早いのはよくわかっている。彼の銀髪を目にし、男は押し黙った。表情に焦りが見える。セフィライズに知られているのが、問題だと言わんばかりだった。
「俺達が誰かわかっただろ? じゃあもう一回。これの出どころはどこかな?」
その質問に、若い男は背けたまま沈黙を破らない。答える気がない状態の男にセフィライズは片手で剣を抜いてすぐ顔の真横に突き立てた。鋭い刃が鼻先を掠め、ひっと言う声が聞こえてくる。シセルズは、容赦ねぇなと言う表情で弟を見た。
「答えろ」
セフィライズが冷たい声で言う。剣を抜いたら別人すぎだろうとシセルズは思いながら、男の肩を軽く叩いてやった。
「俺は優しいけど、こいつはおっかないから。首が飛ぶのと、どっちがいい?」
しかし男は話さない。セフィライズは再び剣をゆっくりと動かし、若い男の鼻先に刃が当たるとうっすらと血が出た。
やりすぎだ、と声をかけようか迷っている間に、若い男から「わかった!」と言う声が上がった。
「言う、言うから。待って……」
セフィライズに本気で殺す気なんてない。しかし城下町で流布する彼の話は、きっとシセルズが思っている以上に怖いものなんだろうと感じた。
「よーし、じゃあ。これの出どころはどこかな?」
「……アリスアイレス城の、文官……ツァーダ様の、ご指示だ……」
想像を超えた人物の名前で、シセルズとセフィライズはお互いに目を見合う。二人にとってはいい印象がない男だったが、しかしこのような事を企むような人物でもないのだ。少数民族や、下賤の者を差別する意識が強いだけで、アリスアイレス王国の文官としては優秀であり、仕事ぶりは王子であるカイウスも評価している。発言に問題があることも多いが、その地位に立っているにはそれなりに理由があった。
「結構大物が後ろについてんな、どうする?」
「どうするって、真意を確認する他ない」
セフィライズは顔色を曇らせる。すぐに取り押さえられる人物でもない。
「まぁ、とりあえずお前は連行させてもらうけどな」
セフィライズと場所を入れ替わるようにして男を取り押さえたシセルズは、慣れた手つきで立ち上がらせた。
「ツァーダ様となると、面会の予約入れないと会えないだろうな。お前取れるか?」
「やってみる」
セフィライズは自嘲気味に笑った。彼の差別意識は肌身で感じているから、どうにも話しずらい。セフィライズから面会の約束を取り付けようとしたら、どんな顔をするだろうかと苦笑した。




