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42.暖炉の灯火編 おはよう




 スノウが目を覚ますと、なぜかベッドの中にいた。窓から木々の間を通って差し込む、影のある朝日。魔導人工物(アーティファクト)で暖かくされた室内だというのに、底冷えするような寒さを感じた。寒暖差で窓には結露がついている。それが光に照らされてキラキラと輝いていた。

 暖炉の前で寝たはずなのに、何故だろうとスノウは起き上がる。彼女のいる部屋はベッドと、空っぽの棚、素朴な机と椅子しかなく、生活感を感じられなかった。


 ベッドから立ち上がると、衣服が彼女の肩からずり落ちる。スノウは緩い服を元に戻しながら、ゆっくり歩いて部屋の扉をそーっと開けた。顔を覗かせ、左右を゙見る。階段下からいい匂いがした。おいしそう、そう思うと同時、スノウのお腹が鳴った。恥ずかしくて顔を赤らめながらお腹をおさえ、部屋を出ると階段を降りる。その先に、朝から食事を作っている彼の姿があった。


「おはよう」


 スノウが起きてきた事に気がついた彼は、手を止める。戸惑いの表情を見せる彼女を見て、彼は苦笑した。


「ごめんなさい、わたし、何かできることはありますか?」


「もうできるから。座って」


 スノウは申し訳なさすぎて立ち止まっている間に、机の上にスープが並べられる。トマトベースで数種類の根菜の入ったスープの上に、緑の鮮やかな薄い葉物野菜が乗っていた。焼かれたトーストに、ハーブと岩塩が練り込まれたバターが乗せられる。熱いパンの上でゆっくりと液状化して溶けていった。


「いつも、ちゃんと作ってるのですか?」


「いや、いつもは昨日の残りとか。適当にすませてるよ」


 何もできないままに食卓に並んだ朝食。座らないスノウを気遣って、セフィライズが先に椅子に腰掛けた。スノウの方を見て、ほんの少しだけ笑った彼は両手を合わせる。


「我らの神、エイルと多くの命の糧に感謝致します。で、よかったかな」


 そう言って笑う彼に、胸の奥から暖かな気持ちが満ちていく。スノウは彼の対面の椅子を引き腰掛けると、同じく手を合わせ感謝の言葉をのべた。そして、セフィライズ本人にも丁寧に礼を伝える。頂いた食事は、とてもおいしかった。






「おはようっと!」


 食事中、突然玄関の扉が開く。唐突すぎてスノウはパンを食べながら固まってしまった。玄関に立っているのは、セフィライズの兄、シセルズ。彼もまた、衝撃の光景を見たと言わんばかりに固まった。


「うぇっ? スノウちゃん?」


 なんという絶妙な機会に来たのかと言いたげに、セフィライズが嫌そうな表情を兄にして見せる。

 シセルズは二人が朝食を取っているという事実を理解するのに、時間がかかった。しかし、わかった瞬間に、ニヤーっと嫌な笑みを浮かべる。それに気がついたセフィライズが輪をかけて不機嫌そうな表情をした。


「なになに、昨日二人でお泊まりしたわけ?」


「言い方が気持ち悪い」


 即座に文句を言う弟のところまで歩くと、頭をぽんぽんと叩いて笑う。シセルズは弟に何か言いたげな表情を見せるも、彼はぶっきらぼうによそを向いた。


「ふぅーん。へぇー……」


 楽しい。これは絶対楽しい。どう弄ってやるべきなのかと思う。


「何か用事?」


「あーそうそう。昨日の件でね、報告しようと思って」


 シセルズが書類を取り出した。受け取ったセフィライズが目を通している間に、スノウの隣の席に座る。

 彼女の着る服は、首筋から大きく開いて、肩から今にもずり落ちてしまいそう。紺色のシャツは、袖がもたついている。シセルズは多分セフィライズの服だろうとすぐに察しがついた。しかもだ、服を着ている状態でも見ればわかっていたがやはり、思っていた以上にふくよかな胸をしている。上から少し覗くだけで、それがわかるほどにくっきりと谷間が見えた。


「何もされなかった?」


 小さな声でスノウに聞いてみる。彼女は気抜けした顔をして首を傾げた。


「何も、とは……なんでしょうか」


「ほぉーん。こーんな可愛い子に、こーんなエロい服を着せておいて、手出しなしか。俺ならいくけどね。いてっ!」


 そう言った瞬間、シセルズの頭に資料の束が強い圧を持って叩きつけられた。顔を上げると、軽蔑の視線を送るセフィライズの顔がある。何も言わないままに資料を手元に戻して続きを読み始めた。しかし、表情は完全にご機嫌斜め。


「これ、つまり。捕まえた男は出どころは知らないって事でいい?」


「どうやら一つばら撒く度に金が出るらしい。今回、何かしら罪があったとしても免除し、手伝ったら報酬を用意するって言ったら二つ返事するぐらい関係性なさそうだぜ」


 そう言って、シセルズは城下町の地図を取り出した。机の上に広げ、指を差した一角。今晩ここで、小瓶を渡す人間と会う予定だったらしい。捕まえた男に金を握らせ、相手を誘き寄せるために出向いてもらう計画をたてていた。


「お前は先に潜んでろ。俺は新しく仕事がしたい仲間ってことで、男と一緒に行く」


 朝食中だと言うのに、食べることをやめて二人は真剣に話し合いを始めてしまった。スノウはそんな二人を見ながら、食べかけのパンを口に入れる。

 先ほどシセルズに問われた内容を、今一度繰り返してみて、やっと意味を理解したところだった。


 スノウは自分の胸元を見て、肩を見て、服を持ち上げて。とんでもない姿をしていたことに、今更になって気がつく。恥ずかしくて死んでしまいそうだった。













本作品を読んでくださり、ありがとうございます。

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小説家になろうで活動報告をたまにしています。

Twitter【@snowscapecross】ではイラストを描いて遊んでいます。

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