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41.暖炉の灯火編 おやすみ




 髪が長くて嫌になる。それが濡れると、乾くのにも時間がかかるし、肌に張り付いて気持ち悪い。でも、伸ばさないといけないから、仕方がない。わかっているけれど、嫌なものは嫌だ。

 セフィライズはたせ湯を頭から浴びながら下を向く。視界に入った自身の銀髪からとめどなく落ちる湯は、髪の色と同化しているような錯覚さえ覚えた。

 すれ違った時の、スノウの姿を思い出して頭を壁にぶつける。

 女性として、意識などしたことはない。ないけれども。

 湯上がりの火照った表情に、緩い服。いつもふわふわ外に向けてはねている髪が濡れて、酒のせいで少し顔が赤らんで、瞳が濡れているから。


「っ……何考えてんだ」


 もう一度、壁に頭を強くぶつけ直した。






 セフィライズは濡れた髪をタオルで必死に挟みながら暖炉の前まで戻ってくると、彼女は横になっていた。近づくと彼が戻ってきたことに気がついたのか体を起こす。しかし表情はとても眠そうにしていた。


「すみません、眠くて」


「寝るなら案内しようか」


「いいえ、ここでもいいですか?」


 暖炉の炎の揺らぎはとても気持ちが良い。見ていてとても安らぐ上に、魔導人工物(アーティファクト)では再現できな柔らかさ。

 セフィライズは離れたソファーに座り、暖炉の方に頭を向ける。いつもとは違う、ゆったりとした姿。首元が大きく開いた服は、鎖骨の少し下まで肌を露出させている。やはり、他とは違う肌の透明な白さが際立っている。彼は髪を炎の暖かさに当てて乾かそうとしていた。


「あの……」


 声をかけたはいいものの、続く言葉が出てこない。彼はスノウを一目たりとも見ず、暖炉の炎に視線を向けていた。濡れた銀髪もやはり他とは違う、異質で特殊な色。絹糸の様に綺麗で、見慣れたけれど整った顔立ち。切長で吊り目気味な瞳に薄い唇、他とは違う色白の肌。シセルズとも似ているけれど、より中性的で神秘的に見えるのは、色のせいなのだろうかとも思う。


「あの、えっと……昨日、は……ごめんなさい。わたしが、声をかけたせいで。その……」


 殺さないで、と声をあげてしまった事を謝罪したかった。そのせいで、タナトス化したエリーに首を絞められた挙句、酷い痛みを彼に与えることになってしまった。


「あぁ……別に、あれは油断しただけで……」


 セフィライズはどう答えていいか悩んだ。かなり乾いてきた髪を手でかき上げてまとめながら、視線を天井へと移した。炎の揺らぎとランプやろうそくの揺らめきがいくつも重なって、まるで波紋のように広がっている。


「何か、もっと方法を考えなかった、私も……悪かったと思っているから」


 怖がるだろう、嫌な思いをするだろう。わかっていて、何も考えず、ただ目の前の脅威を抹消するという端的な方法をとった。捕まえる、閉じ込める。何かあったかもしれない。相手を制圧するには殺す方が早いのは事実、生かしておく方が難しい。


「怖い思いをさせて、すまない」


 彼はやっとスノウを見た。薄暗い部屋で、暖炉と柔らかな蝋燭の光に照らされて困ったように微笑んでいる。胸が痛くなった。傷つけたのはスノウ自身だというのに、まるで彼がスノウを傷つけたようになっていると思った。


「ごめんなさい……」


 今まで、彼に何度謝っただろうか。気がつけば、いつも守られている気がした。何かしたいのに、結局してもらってばかり。何も返せてない気持ちになる。何ができるだろう、そう考えても答えはでなかった。

 長く沈黙してしまう。もう夜は更けていて、スノウは眠ってしまいたいのに、眠ってはいけないような気がして必死に起きていた。伝えたいことは沢山あるのに、どれも言葉にすることができない。


「水を、もう少し飲んでから寝る方がいい」


 立ち上がった彼は水をコップに入れて戻ってくる。手渡されたとき、少しだけ指が触れた。それだけで、胸が痛いほどに苦しくなる。彼に背を向けて、水を飲み干した。


「上に、兄さんが使ってた部屋が余っているけど、本当にここでいいのか……?」


「はい、暖炉が気持ちいいので。あ、でも火は、落としていただいて構いません」


 暖炉が消えればだいぶ寒くなるはずなのに、それでもここがいいなと思うのは、この暖かい雰囲気が素敵だから。わがままを言っているのかなと、首を傾げながら彼を覗き込む。何故か彼は、手の甲で顔の半分を隠しながら目を背けた。


 セフィライズは彼女から上目遣いに見られ、緩んだ服から柔らかな肌が見えている。それが、とても官能的に見えるから。見てはいけないものを見た気がして、恥ずかしくなった。


「寝るまで見てるよ。ちゃんと落とすから」


「はい、ありがとうございます」


 スノウが毛布にくるまりながら横になる。セフィライズは読みかけの本を手に取り、ソファーに座りながらしばらく読書で時間を空けた。どのくらい経ったか。本を置き、横になり静かな寝息をたてている彼女のそばに膝をつく。本当にしっかり眠っているか確認のために、彼女の頬にかかる髪を、耳へかけるように触れた。


「ん……」


 彼女はほんの少しだけ、反応を示すも起きることはない。


「おやすみ、スノウ」


 まだどこか、顔立ちに幼さの残る、彼女へ。

 優しく言葉を落とした。









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