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38.夜の街編 誘い



 スノウの隣に座った男性は、いたって普通のおじ様に見えた。白髪が少し混じり、顔には皺が程々にある。服装も、どこにでもいる普通の人。怪しいところなど何もない。


「僕も一人なんですよ。見ていましたけどだいぶお疲れのようですね。お嬢さん、何か悩み事でもあるのかな?」


 隣に座った男性は、声の抑揚も物腰もとても柔らかい。親切そうな笑顔で語りかけてくれる。スノウは少し考えてから、できるだけ疲れてそうな笑みを浮かべてみた。


「はい、あの……」


 しかし、悩み事。あるのだけれど、どう伝えていいかわからなかった。もしこの人が、リリベルとエリーに小瓶を渡してきた男性だとしたら、ある程度会話をしたほうがいいだろう。違和感を出さないように、なるべく現実味のある話題を選ばなければと思った。ほんの少し、周りを見渡すふりをして、スノウはセフィライズを確認する。彼に、聞かれたら恥ずかしい、そう思ったのだ。


「知り合いでもいますか?」


「いいえ、その……誰かいたら、言いにくいなと思ったので」


 一人の方が好都合なのだろう、相手も警戒しているようだ。やはりここで変な話題を選んではいけないとスノウは思う。なるべく現実味のある、悩み事。

 それを考えて思い浮かぶのは、やはり彼の顔だった。ああ、やっぱり、わたしは彼が、好きなんだなって。そう実感してしてしまった。


「その……何かとても、気にされることがあるみたいで、よく遠慮をしたり、言葉を、伝えてくれなかったりする人がいて。それで、わたしも、何ができるかなって、考えるんですけど。それが、その……」


 なんて言えばいいのか、わからなかった。細かく話すわけにもいかない。かといって抽象的すぎるもの変だ。それに、言葉にもう一度出すのが怖かった。好きな人がいて、という言葉を、もう一度出してしまったら。もう彼を直視できない気がした。一緒にいることも、できないぐらい。

 迷惑かもしれない、こんなことを思っているだなんて知られたら。今度は、別の意味で彼の下から外されることになるかもしれない。

 今を変えたくない。このままでいい。だから、知られないようにしたい。この先も、ずっとずっと。黙っておくのだ。胸の中で、大切にしておきたい。


「その人が、好きなんですね」


 その男性の言葉が、スノウの胸を抉る。口元を押さえて、心から留めどなく溢れる感情に蓋ができない。

 その通りだ、好きなんだ。とても、とてもとても。


 いつも伏し目がちな瞳でいる。どこか物悲しそうな顔をしている。虚しそうに笑ってる。人との距離感に悩んだり、自身の見た目を気にしたり、厳しいことを言って繕ってみたりもしてる。言葉が足りない、誤解を招くような行動をする。でも表情にすぐ出て、冷たい、興味ない素振りをして、なのにふとした瞬間柔らかく笑いかけてくれる。


「そう、ですね……とても、好きです」


 言ってしまった。

 スノウは言葉を噛み締めた。でも、これは。彼には伝えない。


「でも、仕事で関わる方なので、私情をはさむわけにはいかなくて。もう、その……考えるのか辛くて、忘れてしまいたいなぁって思うんです」


 なるべく辛そうに見えるよう偽った言葉を選んだ。忘れたいとも、考えたくないとも、微塵も思っていない。


「忘れたい、ですか。辛い時は、どうしていますか?」


「えっと……」


 スノウはまた考える。なるべく相手が食いつきそうな回答を探した。


「こうやって、一人でお酒を飲みに来ます」


 スノウは辛そうに笑って見せた。これも演技だ。その反応に、向こうは機嫌を良くしたのがわかった。口角が上がって、まるで獲物を見つけたかのように目を輝かせたのに気がつく。


「僕もよく、辛いことがあるとお酒を飲みに来るんですよ。実は、いいものがあるんですが、興味ありますか?」


「いいもの、ですか」


「ええ、一滴、混ぜて飲むと気持ちが明るくなります。それを毎晩飲むだけで、次の日も元気にやっていけますよ。ですが約束してください、一滴、だけですよ。一日一滴」


「怖いですね、大丈夫でしょうか」


 スノウはここで素直に食い付いたら、違和感があると思い一度ひいた。スノウの反応が想定通りだったのだろう。男は、例の小瓶を取り出してスノウの前に置く。蓋を開けて、男性は自分の飲み物に一滴混ぜて飲んでみせた。


「ほら問題ないでしょう? もう少し僕の様子を見ていただいても構いませんよ」


「いえ、大丈夫です。一滴なら、怖くないですね。入れていただけますか?」


 スノウは自身の果蜜酒を男性の方へ置いた。男性がその赤黒い液体を落とす。たった一滴、混ざってしまえば入っているかわからない。


「さぁ、どうぞ」


 スノウはそのお酒のコップに手を添える。恐る恐る口元に運ぼうとするも、迷った。飲んでいいのか、悪いのか。確認したくても、今は振り返るわけにはいかない。脳裏に、絶命したエリーの姿と、血まみれの彼が映る。


 わたしも、あんなふうになったら、どうしよう。彼に、首を落とされるのだろうか。


 もし、そんなことになったら。彼は、どんな気持ちに、なるのだろうか。




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