37.夜の街編 おとり
スノウは仲良くしている女性従者の一人から私服を借りて、なんとか待ち合わせの場所に来ていた。着替える際に脱いだセフィライズのカーディガンは丁寧に畳み置いてある。今度洗濯してちゃんと返さないといけないと思っていた。
曇天の夜は暗く、魔導人工物の街灯がなければ道を踏み外してしまいそうなぐらい。白い雪に灯りが反射して、ぼわっとあたりが発光しているようにも見えた。街灯の光が強いところだけ、雪が降っているような印象を受ける。夜となれば非常に寒く、借りた私服とコートだけでは寒さを凌げなかった。セフィライズから借りたままのマフラーを首に巻いて待つ。
「お待たせー!」
城の正門から、夜の道を歩いてくるのはシセルズ。そして。
「あ……」
帽子を被らず、自身の兄のように髪を括りまとめている彼は、ものすごくスノウに会いたくなさそうな顔をしていた。その特徴的な銀髪と銀色の目を、茶色に染めて。見慣れない髪色の彼は、しかしセフィライズ本人だとわかるのに、どこか別の人に見えた。そして、どこかで会ったことがある、別の他人ではないかと錯覚する。既視感、これを感じるのはシセルズと初めて会った時以来だ。
「あれ、それセフィのマフラー?」
指摘され、スノウは頷く。その返事に、シセルズはまた悪い顔して喜んだ。ちらっと自身の弟を見るも、輪をかけて不機嫌そうな顔をしているものだから、これ以上茶化せない。なんだか今日は遠慮というか、我慢ばかりしているなと、シセルズは思った。
「さて、行きますか。とりあえずスノウちゃんは今から他人のふりしてお店まで行ってくれる? 俺達は、少し離れて見失わないように追いかけるから。時間をあけて店に入る」
シセルズは他に、必ずバーカウンターを使うよう指示を出した。理由としては多分、見張りやすいというのがあるのだろう。
「そういや、スノウちゃんお酒の飲めるの?」
「あ、昨日……初めて頂きました」
「ふぅーん」
スノウの言う初めてのタイミングは、きっと弟と一緒に飲んだのだろうと思った。自身の知らないところで、なんだかんだと仲良くしていたんだなと確認して嬉しくなる。満面の笑みでセフィライズを見るも、まだ渋い顔をしたまま視線を別のところに向けていた。
「スノウ、危ないなと思ったら躊躇わず名前を呼んでいいから」
無理をしないか心配だった。セフィライズの言葉に、スノウは「はい」としっかり答える。にこりと笑ってみせた彼女に、セフィライズもまた微笑んだ。
スノウは指示通り、先に店に入った。ひとり客を装い、バーカウンターに座る。疲れたふりをしなければと、お酒を頼んだ後、何度かため息をついてみたりした。ちょうどスノウの果蜜酒が来る頃、セフィライズとシセルズもまた店の中へ入る。バーカウンターから一番近い二名掛けのテーブル席に座った。スノウの姿がよく見える。彼女は振り返りたいのを我慢して、来たお酒に感謝の言葉を小さく述べた。
果蜜酒をほんの少し、口につける。味は彼とお昼を一緒に食べた時と一緒だ。それが昨日のお昼だなんて、スノウには信じられなかった。昨日から今に至るまで、あまりにも長すぎた。人の死を目の当たりにし、返り血を浴びた彼が恐ろしく見えた。今も、恐ろしくないわけではない。恐怖を受け入れただけだ。
「お前、何飲むよ」
シセルズはメニューを見ながら普通を装いセフィライズに聞いた。
「飲まないよ、もし相手が接触してきたらどうする」
「飲んでないとおかしいだろ。いいからなんか頼め」
夜の酒場で酒なしの男性客二人がいるのは確かに変だ。セフィライズは諦めて一番度数が低そうな果蜜酒を選ぶ。シセルズに「女子か」という指摘を受けたが気にしなかった。
シセルズは気にせず麦酒を頼み、違和感のなさそうなチーズとサラミの盛り合わせを頼んだ。
セフィライズは普段、甘いものを飲むことがあまりない。それが酒で、しかも絶望的につまみ料理と合わない。半ば無理矢理飲んでいるふりをしている、いつもと髪色の違う弟を見てシセルズが笑った。
「その色も似合ってんぞ。ほんとお前、俺に似てるよな」
「兄さんが似てるんだよ」
「おいおい、先に産まれたのは俺なんだから。お前が俺に似てんだよ」
くだらない話をしながら、シセルズはスノウの様子をもう一度確認してみる。彼女なりに疲れてそうな演技をしているように見えた。セフィライズがまだ心配そうにしている。そんな弟の視線に気がついて、「過保護か」と言いながら、口の中にチーズを突っ込む。それをまた不満そうに咀嚼しながら、果蜜酒に口付けていた。
店に入ってから二時間は経った。しかし誰からも接触はない。夜ももうすぐ日付が変わってしまう頃。もうそろそろ切り上げるべきかシセルズは悩んでいた。
スノウが既に不慣れなお酒を三杯、なんとか一人で二時間凌いでいる。後ろ姿からでも酔っているのがわかった。声をかけようとシセルズが立ちあがろうとするのを、セフィライズが止める。
スノウの方に、男性が近寄ってきたのだ。それが狙っている例の男なのか、一人で酒を飲む女性をただ誘いに来ただけなのか、注意深く見守った。
「こんにちはお嬢さん。ずっと一人で飲んでいますね」
スノウは話しかけられ、男性を見た。隣に座ってもよろしいでしょうかと聞かれ、素直に頷いた。




