第3章 安岡寺おめめ作品が世間的に評価されていないのはなぜか 後編
<<安岡寺おめめが品のないワードを用いた読者避けを行っている理由の考察>>
その理由は、彼女が世間的な注目を集め、自身最高の評価ポイント・ブクマを得たのにも関わらず投稿1ヶ月でエタらせた作品である『四天王最弱の俺が、実は勇者と付き合ってる』の中に秘められていると私は考察した。
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『四天王最弱の俺が〜』は他のおめめ作品とは明らかに異なり、大衆に迎合する『一般ウケ』を狙って書かれたものである。
そして実際、ウケた。
しかしこの作品は、文体こそ他のおめめ作品と共通する『もの凄く読みやすい』構造となっているものの、彼女の作品の最大の特徴である『理不尽な暴力描写』や『鋭い風刺的表現』はほぼ含まれていない。
要するに外見だけおめめ作品の良さを追求しながら、中身は『出来の良い部類の並みのなろう小説』なのである。
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そしてこの作品には数多くの『一般読者』から『普通の感想』が寄せられており、安岡寺おめめは嬉々としてそれらに対応していた。
連載当初は。
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しかし、後半になると明らかに自身の本来の作風と異なることへのフラストレーションが溜まっている。
それは感想欄の記述などからも伺える。
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そして最終投稿となってしまっている第26話は、明らかに暴発してしまっている。
https://ncode.syosetu.com/n3180ez/26/
『 こんなに明確に弾け飛んでエタった作品が、かつてこれまでにあっただろうか? 』
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結論を言おう。
『四天王最弱の俺が、実は勇者と付き合ってる』は別に安岡寺おめめでなくても書ける作品だ。
安岡寺おめめがこの作品をエタらせた判断は正しい。と私は考える。
この様な『他人にでも書ける出来の良い程度の作品』を安岡寺おめめほどの才能を持った人物が書くことは『国の将来にとっての損失』とすら言える。
だから正しい判断だ。
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しかしこのことが、なぜ安岡寺おめめが、あえて読者避けを行っていることにつながっているのだろうか?
安岡寺おめめは自身の代表作である『魔界放送協会(MHK)〜』が持っている『42ブクマ』を誇らしげに何度も活動報告などで述べている様に、決して自身の作品に読者が欲しくないわけではないはずだ。
また『魔界放送協会(MHK)〜』の投稿のあとがきでは何度も読者に感想を求めていることからも分かる通り、彼女は孤高の道を極めようとしている傲慢な人物でもない。
それは後述の自作アプリケーションである『おめめライター』をなぜか無料で配布するという親切ぶりからも分かる。
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私が考察する理由は以下だ。
『安岡寺おめめは人が良すぎるから、感想や期待を寄せられるとそれに反応せざるを得ない性格の持ち主である』
『そして「魔界放送協会(MHK)〜」は決して一般読者に読まれたくないわけではないのだろうが、分かる人にだけ分かってもらえれば十分だと考えている』
『そこであえて読者避けを設置することで、読者をふるいにかけ選別しようとしているのだろう』
『なぜならこの作品が一般読者に見つかってしまい感想を書かれることで、かつての「四天王最弱の俺が〜」の時の様に自身の方向性を見失うことを恐れているのだろう』
以上、考察終了。
<< 次回 最終話:安岡寺おめめという人物 >>
引用元:
『魔界放送協会(MHK)の職員(人間界担当)になったけど、人間界にはテレビがなかった』
https://ncode.syosetu.com/n6415ex/
『セクハラ大好きな伝説の魔女は男嫌いなので、性転換魔法で女だらけの楽園を目指す』
https://ncode.syosetu.com/n3674ey/
『床下に住み着いた死者の王(美少女)がウザすぎる』
https://ncode.syosetu.com/n8475ff/
『四天王最弱の俺が、実は勇者と付き合ってる』
https://ncode.syosetu.com/n3180ez/
作者の許諾を得て引用。