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第八十三話 青き凶刃は禍つ器を滅ぼす

 青光の粒子が飛び散る。


 凶刃を受け止めたのは、僕の右腕。



「油断していると思ったか?」


「う~ん、カイくん迷宮に入る前からずっと警戒してるんだもん。戦闘が終わって、疲れてる今なら行けるかな~と思ったんだけど」


「何で、何でなんだ……ルコ」



 リシィの首を狙ったのは、ご丁寧に死神の大鎌に形成されたルコの青光だ。

 表情を変えることなく、ただ埃を払うだけのような気軽さで凶刃を振るった。



「え……?」

「ルコさん……?」

「おぬし……」

「え、う……?」



 誰も気が付いていなかった。


 鎌が振るわれるその際まで、彼女を“仲間”だと思い込んでいた。


 僕も勿論そう思いたかったけど……ツルギさんの忠告と、どこか僕の知る“ルコ”ではない彼女に、決して気を許しはしなかったんだ。



「ル……ルコ、何故……? 私が何かしたの……?」

「ん~、違うよ? リシィちゃんのことは大好きで、親友だと思ってるよ!」

「なら、何故……」


「お婆ちゃんに言われたんだ。神器と、それを宿す龍血は、この世界からなくさなくちゃいけない。それは、『世界を滅ぼす【神魔の禍つ器】』だからって」


「【神魔の禍つ器】……!?」

「え……神器が世界を滅ぼす……?」


「そう、だから世界を守るためには壊さなくちゃいけないんだ。私が正義の味方(・・・・・)でいるために」



 ルコは狂気を宿した瞳で酷薄に笑った。

 これは、アリーが宿した狂信とは根本的に違う。


 盲信ではなく、心の底までを弄られた成れの果て。赤子が自分を生んだ者を当然母親と認識するように、こう在るべきと刷り込まれた存在でしかない。


 “正義の味方”で在ることを願ったルコが、世界を守りたいと思うのは必然。

 今の彼女の思考にあるのは、恐らく神器を(・・・)破壊する(・・・・)ことだけで、その結果失くしてしまうものを認識すらしていない。


 一体全体何者が、ルコの願いを捻じ曲げた……!



「あは、リシィちゃん大丈夫だよ。直ぐに壊しちゃうから」


「ミラー、アリーを連れて隠れろ!」

「オ、オーケー! 任せたでゴザル!!」



 再びリシィを狙って凶刃が振るわれた。


 大鎌の形は、僕がリシィを護ることを想定してか。あれでは背後に庇い立てようとも、回り込む刃がリシィを傷つけてしまう。

 それに僕のこの右腕、曲がりすらしないこの腕では凌ぐことすら容易くない。

 僕はリシィを抱えて大きく距離を取り、サクラとテュルケは事態を把握出来ずに、それでもルコを阻む。


 流石にここまでは予測……いや、信じたくなかっただけだ……。

 そう、僕はルコが敵に回ることまでを……最初から想定していた……!


 ルコは、リシィと神器に対する尖兵に仕立てられたんだ……!!



「ルコ、やめて! 貴女とはずっと友人でいたいの、お願いだから!」



 リシィが悲痛な声を上げ、儚い願いを掴もうと手を伸ばした。

 命を狙われようと何だろうと、リシィにとってもルコはもう大切な存在なんだ。



「勿論私もだよ、だから直ぐ終わりにしてあげるね!」



 ルコの言う、『お婆ちゃん』……それは“三位一体の偽神”か、それとも“【鉄棺種】を遣う者”か、人を弄ぶ存在は絶対に許さない……絶対に思い知らせてやる……!!



「ルコ! やめてええええええっ!!」



 ルコを押さえようとしたサクラとテュルケが吹き飛ばされた。


 それは体術でも何でもない、正騎士が使った赤光と同じ全周衝撃破だ。

 ルコに対して躊躇した二人では抗い切れず、衝撃破の直撃を受けてしまった。

 床を跳ねながら転がり、柱に打ちつけられて一瞬で動かなくなる。



「あはっ、ダメだよ~? 邪魔はしないでね、カイくんも」

「それには応じられない。騎士である僕が、リシィを傷つける全てを退ける」



 ルコは僕を見て『やれやれ』と言うように笑った。

 だけどその瞳には何も映されていない、自分すら見ていないカラの意思、虚無だ。


 そして、ルコは大鎌を振るって一息に詰め寄る。



 ――キィンッ!!



 銀槍と、神力の塊であるはずの大鎌が、交差して打ち合う。


 肘から先が曲がらない右腕を、全身の回転運動で無理やり突き出して機先を制するも、やはりルコには及ばず、刹那の瞬間には懐に潜り込まれてしまった。


 僕はリシィを左腕で背後に回し、返す腕でナイフを抜き放って斬りつける。



「わっと! あっぶない、カイくんそれずるい」



 だけど、槍で横薙ぎにすると見せかけ、動作の中に抜剣を隠したにも関わらず、ルコは尋常じゃない反射速度で紙一重に避け、ナイフは空を切っただけだった。


 僕自身が、まだ彼女を傷つけることに躊躇いがあるんだ……。


 ルコは距離を取り、訝しげに自分の大鎌を見ている。



「う~ん、やっぱり長柄は使い難いね。カイくんを相手にするなら、二刀のほうが良いかな?」


「ルコ、もうやめるんだ。僕は君を傷つけたくない」

「勿論私もだよ、だからどいて?」



 ルコはそう言うと、大鎌の柄を真ん中で分割した。青光が揺らめき、次に両手に握られていたのは二本のショートソードだ。

 変幻自在……なら今までも何度か見せたように、武器にしないで青光のままの飽和攻撃で終わるだろう……何でわざわざ……。



「もうやめてっ! 何故、幼馴染の二人が争うの……!? 私の神器が原因なら、もう……もう……」


「リシィ、それ以上はダメだ。原因は君でも神器でもない、これはただの幼馴染同士の喧嘩で、僕の国では『喧嘩するほど仲が良い』とも言う。直ぐに終わる」


「うっ……でも、それでも……」



 我ながら無茶苦茶を言っているけど……そう、これは喧嘩だ。

 喧嘩なら直ぐに終わる。そして、まるで何事もなかったかのように元通り。


 小さい頃も、ヒーローゴッコでレッド役を争って泣くまで大喧嘩をしたから、これはその延長でしかないんだ。



「あ~、カイくんがリシィちゃん泣かせてる。女の子を泣かせたらダメだよ?」


「それを言われたら弱いけど、今泣かせているのはルコだよ。自覚ないのか?」

「え? え~? 私……リシィちゃんを泣かせた? 何で……?」



 支離滅裂だ。自分がやっていることの自覚すらない。

 筋道を立てられず、正しい道理を通すことも出来ず、ただ在るがままに。


 ルコは自身に疑念を感じたのか、首を捻って『う~ん、う~ん』と唸り出した。



「リシィ、力を貸して欲しい。君の力なら出来るはずだ」

「け、けれど……私は、神器の力は……本当は良くない……」


「違う。道具も、人の思いも、持つ者の心根次第だよ。良いも悪いもない、正しきをなしたいのなら、ただ正しき願いのために使うべきだ」


「うぅ……カイト……私は、私は……」

「僕の中に交わった龍血が教えてくれている。神龍エウロヴェ、彼の神器がこの状況を覆すと」

「え? そ、その神器は……」


「あっ、ダメだよ! カイくんの右腕だけでも厄介なんだから、それ以上の禍つ器は使わせない!」



 ルコは僕たちの相談に気が付き、一歩を踏み出した。


 だけど踏み込みはそこまで、ルコは突如として床に開いたに落ちた。

 彼女を飲み込んだ穴は一瞬で消え、光翼を展開したノウェムが舞い降りる。



「ノウェム!? ルコをどこへ!?」


「安心するが良い、牛女神ゲフィオンが空けた穴から塔の外に放り出しただけだ。あの者なら直ぐに戻って来るであろう、時間はないぞ主様よ。勝手に力を使った謝罪は後でする、我にも我の矜持と言うものがあるのでな」


「くっ、すまない……」



 塔の外は上下に終わりがないと言う、ただ無限落下するだけの永遠の空だ。

 見ると、荷電粒子砲によって開いた穴の向こう、塔の外に青光で足場を作ったルコがこちらに向かって猛然と走っていた。


 その表情は、横槍を入れられ怒っているようにも、どこか楽しそうにも見える。



「リシィ、頼む!」


「出来ないわっ! ルコが消えてしまうかも知れないっ! 貴方に幼馴染を傷つける責を負って欲しくもないっ! それに、カイトが傷つくのが一番嫌っ!!」





「リシィ! 僕は君が好きだ!!」





「……えっ?」


「僕はリシィに笑って欲しい。何の憂慮もなく笑っていて欲しいから、君のために何ひとつ失わず、僕の知る本当の幼馴染(・・・・・・)も救ってみせる」


「カイ……ト……」

「だから、この僕の腕に新たな力を与えて欲しい!」



 リシィの瞳が勢い良く色を変えていく。

 最初は青、次に緑、黄が混じり始め、最後に緑が赤に変わる。


 それはいつか見た夕陽色、鮮烈な僕にとっての彼女の色だ。


 失敗したな……これは、明らかに思いを伝えるタイミングじゃない……。

 怒ったのだろうか、迷惑だったのだろうか、今はその瞳の色がどんな感情からか、僕には良くわからない。


 強く、強く、僕を見据えた夕陽色が、力強く告げた。



「カイト、ルコを止めるわ。思う存分にやりなさい、私の黒騎士」

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