第八十一話 対牛女神戦 奥の手
リシィは光矢でアリーを狙いながら少しずつ距離を詰め、牛女神の二十五ミリチェーンガンを破壊した。これで見えている銃砲はもうない。
僕も一緒に柱の陰を進み、隙を突いて神器の顕現に備える。
「もうヤダァ、オウチに帰りたイ! 助けてヨォ、マム、マム、マァム!」
――オオオオォォオオォォォォォォォォッッ!!
アリーの嘆きに呼応するように、牛女神は青光を放って唸りを上げた。
更に六体の墓守が転移して来る。もう操ることも諦めたのか、その数は流石に……いや、そうか、一体だけ操れば能力の制限なんてないんだ。
“牛女神”は指揮統制機、あれ一体を操れば大部隊運用も可能となる。
どうすれば良い……それがわかったところで、このままではジリ貧だ。
まずは転移能力を封殺出来なければ、消耗していずれ形勢は逆転するだろう。
皆は今も自分の役割を果たし、次々と殺到する墓守の討滅に尽力している。
幸いなことに、展開されるのは中型の墓守ばかり。制限があるのか、それとも隠し玉として大型を残しているのか、何にしても油断は出来ない。
アリーは泣いた風を装っているけど、時折こちらを見る目には余裕がある。
「カイト、切りがないわ!」
「牛女神の本体は抜けないか?」
「ダメよ! 光矢は装甲に届く前に拡散しているわ!」
確かに、光矢は見えない壁のようなものに阻まれている。
アリーと牛女神本体を護る強固な防護フィールドに、迂闊に近づけば先程の音響兵器、見かけ以上の鉄壁さは流石に指揮統制機と言ったところか。
何とか攻撃を届かせる手段が必要だけど……。
「リシィ、この鏡面の柱をどうにか倒せないか?」
「そう言い出すだろうと思ってもう試したわ。けれど、この柱は傷もつかないの! もしかしたら、墓守の装甲よりも硬いかも知れないわ!」
「何だって!?」
リシィは今も光矢をアリーに撃ち続け、その最中でも状況を覆す手段を独自に模索していた。
戦闘能力のずば抜けたサクラとルコのおかげで、墓守の展開速度が上回るようなことはまだないけど、それも継戦能力に差がある人と機械とでは分が悪過ぎる。
討滅した墓守は既に十体に迫り、残骸が柱の合間で視界を阻み始めた。
これなら残骸を使って鏡面から姿を隠し、神器の顕現を……。
「カイト、牛女神を見ていて思ったの!」
「え?」
「あの棺から漏れ出す青い光は、神力で間違いないわ! あの四つの棺が、牛女神の力の源ではないかしら!?」
「ひつ……ぎ……!?」
墓守の展開速度は次第に勢いを増している。
それとともに、確かに棺から漏れる青光も輝きを強くしている。
何て……ことだ……。棺の内部には炭化した遺骸がある……それは要するに、神力を搾り取られた人の成れの果てと言うことだ。
僕は最初の最初に、その可能性に思い至っていたじゃないか……。
「アハァ、チャンスッ……!」
「え?」
神器による五感拡張がなければ、アリーの呟きは聞き逃していただろう。
咄嗟に彼女を見ると、広間の中央通路に転移して来る墓守に、皆も引き寄せられるように集まってしまっていた。
そして、アリーが身を翻らせて後ろに下がると、牛女神の腹が割れた。
装甲の下から現れたのは、大口径砲一門と並行して伸びる三本の爪。
既に青光が砲内に充填され、今にも噴き出そうとしている。
……はっ!? まさか、あれが……!!
「みんな! 柱の陰に隠れろぉっ!!」
僕は咄嗟にリシィを抱え、飛びかかった勢いのままに鏡面の柱の裏に逃れた。
その瞬間、視界を真っ白に染める閃光が迸った。
眩しくて目を開けていられない、凄まじい熱量は服に火をつけて石畳まで融かし、堪らずに柱を伝って垂直に飛ぶも、気が付いた時には右脚の神器まで少し溶けてしまっていた。
広間を一直線に横切った極太の光の帯は、床を抉って塔の壁に大穴を開け、やがて細い筋に収束して消える。
今のは、間違いない……“荷電粒子砲”、もしくは何らかのビーム兵器。
かねてより存在を推測されていた、最大最強クラスのエネルギー兵器だ。
それが、まさか……牛女神のブラックボックス部分だったなんて……。
もし、この鏡面の柱がなかったら……。
「リシィ、無事か?」
「え、ええ……ありがとう、カイト。貴方は?」
「僕も大丈夫だ」
低重力の柱の傍を、リシィを抱えたままゆっくりと落ちて行く。
今はただ、このエネルギー兵器が連発出来ないことを祈るしかない。
「何で……何でヨッ!! 何で誰も死なないノッ!! ファックッ!!」
アリーは憤慨し、あれもブラフでないとすれば、皆無事と言うことになる。
巧妙なんだか稚拙なんだか判断に困るけど、恐らくはそれこそがアリーだ。
「みんな、無事か!?」
「私は大丈夫です!」
「我は元より射線外。流石にあれは返せぬ!」
「大丈夫ですです! ビックリしましたですぅ」
「ほんとにビックリしたよ~!」
僕はブラフでないことを確認するため、声を上げて皆の返答を待った。
鏡面の柱があったから凌げたけど、その鏡面に映ってしまうからこそ死角にいても相手に存在は知られる。一長一短だ。
先程までいた柱の傍の床は真っ赤に灼熱して融けているため、僕は柱を蹴って隣の柱の袂に下りた。
鏡面の柱は、石材を融かしてしまう熱量に晒されたにも関わらず、全く影響がないように見える。この柱は……一体全体何なんだ……?
「カイト、どうするの? あんな攻撃を何度もされたら……」
「ああ……だけど、リシィのお陰で突破口は見えた。流石は僕の姫さまだ」
「んっ!?」
鏡面を利用してアリーを見ると、追撃しようともせずに地団駄を踏んでいた。
彼女の隣では、牛女神が四つの棺から弱々しい青光を漏らして停止している。
ひょっとして枯渇が近いのか、リシィの推測通り力の源なのかも知れない。
「リシィ、神器を僕の腕に」
「私……まだ上手く思い描けなくて……」
「槍で構わない。いつもの銀槍を僕の腕に、頼む」
抱えたままになっていたリシィは、僕の左腕の中で見上げてくる。
その瞳の色は深い深い緑色、信頼されていると受け取っても良い色だ。
彼女は目を伏せ、一瞬だけ考え込んでから再び僕を見た。
「ええ、わかったわ。本当にいつも無茶ばかりなんだから……」
「え? あ、ごめん……」
「良いわ。私の騎士として、私も、皆も、あの娘も、必ず救いなさい」
「ああ……リシィの騎士として、男として二言はない。必ず、救う」
リシィは、意を決して答えた僕を抱き締めた。
自分の額を僕の胸に押し当てたまま、神唱を歌い始める。
「月輪を統べし者 天愁孤月を掲げる者 銀灰を抱く者――」
「うっ……あっ……!?」
それと同時に、僕の肩に残された神器もギチギチと蠢き始めた。
かつて与えられたリシィの龍血が、再び意思をもって体内で暴れるんだ。
だけど、不快じゃない。彼女から伝わる想いは、優しく真摯でただ心地良い。
「白金龍の血の砌 打ちて 焼きて また打たん――」
僕の内からの銀光が失った右腕を包み、その先端を鋭利なものに変える。
神器の再形成は“腕”ではなく、“槍”。
不便で不格好にはなるけど仕方ない、再びリシィの力となれるならこれくらいは何てことないんだ。
「万界に仇する祖神 銀槍を以て穿て 葬神五槍――」
神唱の終わりとともに、銀槍そのものとなった僕の右腕は銀光を放った。
目映い閃光は広間全域に広がり、赤茶色だった石壁を銀色に染めてしまう。
理屈は良くわからないけど、これはきっとリシィとグランディータの祝福だ。
「ヒッ!? この銀色は何ッ!? マム、マァムッ、助けてっ、アイツがアリーを虐めるノォッ!! 動いテェッ、何で動かないのヨォッ!!」
どうも、アリーの行動は全てブラフに思えて今も演技と疑ってしまうけど、疑い始めたらこれ以上は何も出来なくなってしまう。
だから僕は行く。
例え進む先にどんな罠が用意されていようとも。