表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/440

第八十話 内なる衝動 “白銀龍グランディータ”

 狙撃……されたのか?


 意識は次第に明瞭さを取り戻し、改めて自分の状態を確認すると、幻でも何でもなく右上腕から先が完全になくなっていた。

 今は柱の陰に身を潜めていて、辺りを見回すと広間の外周に転がる灰色の腕が目に入る。叩きつけられただろう壁のヒビ割れが、その衝撃を物語っている。


 やがて右腕は取り戻すこともなく、数瞬の内に銀光の粒子となって消えた。



「ごめんなさい……私が、私がカイトに余計な負担をかけたから……」

「ちょ、ちょっと待って、リシィは何も悪くない。これは僕の至らなさと油断だ」



 そうだ、僕が彼女のことをわかってやれなくて、あまつさえ自分の油断を棚に上げ、戦場を前にして気を削がれた。驚異を目の前にして、想定が足りなかったんだ。


 それでもリシィは、青ざめた瞳で目尻に涙を溜めながら首を振っている。



「サクラ、ルコの支援に入って欲しい。出来るだけ凌いでくれ」

「はい……あの、カイトさんは……」

「僕は大丈夫。最初からこの腕はなくなっていたんだ、元に戻っただけだよ」



 これは強がりだ……正直に言うなら神器の腕でもかなり痛いし、ただでさえ足りないと思っていた力の大部分を失った。

 笑いたくても笑えない、それでも僕は無理やり皆に大丈夫だと笑いかけ、余計に心配をかけてしまっている。



「わかりました……」


「後、聞き耳も立ててくれ。ルコに何もない空間を薙ぎ払うように伝えて、どんな微小な動作音も聞き逃さないように、狙撃した相手を見つけて欲しい」


「はい、必ず……!」



 サクラは頷いてくれたものの、不安げな表情はかつて見たことがあった。

 懐中時計を返した夜、始めて入る迷宮で僕を失うことに不安を感じ、それに対して僕は身勝手にも笑っていて欲しいと願ったんだ。


 その願いを自らの油断で壊して、本当に僕はどうしようもない。



「ノウェムも頼む。ただ柱の陰からは出ないように、もう一度あの揺らぎを見つけて欲しい」


「主様よ……二度はない、二度はないからな。次にまたこのようなことがあれば、我はあの小娘を次元の狭間に飲み込む。主様とて止めはさせぬ」


「……ああ、その時は……頼む」



 ノウェムは今にも泣きそうで、それでも涙は流さずに柱を伝い上がって行く。


 この広間に潜む何者かは、彼女だからこそ見つけられたのかも知れない。

 あれは恐らく“認識阻害”じゃない、近未来科学が存在する世界なら想定して然るべき技術……“光学迷彩”。間違いない、それも度が過ぎた姿なき暗殺者。


 ミラーの存在ですらブラフだった、彼を捕らえることで見えない存在に対する警戒を解かれ、油断させられたんだ。


 子供だと思って侮った、アリーは軍人の娘だと言うことを今一度肝に銘じる。



 僕は歯を噛み締め、リシィに抱かれたままの体を起こす。



「ぐっ……」

「カイト……!?」

「うっうっ……ひぐっ……」



 一番酷く泣きじゃくっているのはテュルケだ。

 目を腫らし、涙を拭うこともせずに嗚咽を堪えている。



「二人とも、僕は大丈夫。リシィならこの腕も復元出来るだろう?」

「え、ええ、わからないけれど……いえ、やってみせるわ」

「うん、ありがとう」



 僕は残された左腕でリシィの頭を一撫でし、そのまま下ろす掌で涙を拭った。

 別に罪滅ぼしではない、今こそやらなければ男ではないと思ったんだ。


 リシィは体を振るわせ、その瞳はいつの間にか緑色が増している。



「テュルケも、ほら僕は何ともないから」

「はいですぅ……ぐす……」



 無理にガッツポーズを見せると、テュルケはようやく自分の頬を拭った。

 そして、リシィが何故か僕の左手を取ってテュルケの頭の上に誘う。



「うん? 何?」

「え? あぅ、姫さま?」


「な、撫でてあげなさい。テュルケだって、こんなに心配しているんだからっ!」



 やはり乙女心は良くわからない。

 だけど、僕はそんなリシィに従ってテュルケの頭も撫でた。

 テュルケは最初こそ不安そうに、後は嬉しそうにくすぐったそうに笑う。



 ――ドンッ!!



「ファックッ!! 邪魔をするナァッ!! 神に仇なす背信者ドモォッ!!」



 見ると、先程の空間の揺らぎから少し離れた位置に針蜘蛛……いや違うな、一回り大きい多脚の墓守が両断されていた。

 装備も鉄針砲ではなく、長砲身のライフルが脇に一門。図鑑にも載っていない、未確認の光学迷彩能力を持つ狙撃機、間違いなくこいつが潜んでいた。



「ルコ! 薙ぎ払え!!」



 広間を青光が瞬いた、柱の死角からいくつかの破砕音が聞こえる。


 アリーの余裕は僕をいつでも殺せたからか。

 だけど油断は命取り、それは僕が身をもって証明した。

 神命を遵守するのなら、一撃で終わらせるべきだったんだ。



「キイイイイィィィィィィッ!! ファックッ!! ファックッ!! ファアアァァックッ!! もういい、辺り一面消し炭にしてやるウウウウウウウウウウウウウウッ!!」


「ははっ! 良く舌が回るな、アリー!」

「カイト クサカアアアアァァァァァァッッ!!」



 取り返しのつかない失態は、自身の思考を曇りない冷静なものとした。

 だからこそわかる、アリーは僕を撃ち損じて既に機を逃したんだ。


 覆したいわけじゃない。


 ただ僕は、同じ世界から来た同胞を救いたいだけだ。



「みんな! 牛女神ゲフィオンを討滅する! 力を貸してくれ!!」


「はい、お任せください!」

「くふふ、そうこなくては!」

「はいですです!」

「行っくよー!」


「私の騎士を傷つけた報いは、その身で償わせるわ!」


「ふっざけんナアアアアアアアアァァァァァァッ!!」



 牛女神の装甲の隙間から、ルコのものと良く似た青光が漏れた。

 アリーの両隣の空間が縦に歪み、まるで3Dプリンターで作っているかのように、足元から徐々に新たな墓守が現出する。牛女神が持つ墓守の転移能力だ。


 “重砲兵シージアーティラリー”が二体、“従騎士エスクワイア”が一体、やはり能力の上限を隠していたようだけど、一度見て相対し、討滅の手段を練りに練った相手が何だと言うのか。


 三体の墓守は、展開と同時に怒涛の勢いで進撃を開始した。

 勢いだけは認めるけど、戦術の欠片もない突進には何の意味もない。


 それでも、その無謀すらも戦術の一環と見る。もう油断はしない。



「ルコ、従騎士! サクラ、テュルケ、重砲兵! リシィ、アリー(・・・)を狙え!」



 リシィが白いコートを翻らせ、柱の間から躍り出た。

 黒杖を振るい、撃たせまいと重砲兵が機関銃と重迫撃砲で彼女を狙う。

 だけど、砲を構えた重砲兵の攻撃の瞬間、サクラとテュルケが強襲する。こうなってはもう彼女たちの独壇場だ、前線に出る砲兵は囮役にもならない。


 ついでにノウェムが、どこに持っていたのか缶に入ったペンキをぶち撒けた。

 墓守のレンズは真っ赤に染まり、あれではもう前が見えないだろう。


 そして、ルコもまた従騎士を翻弄していた。

 彼女の変幻自在の青光は従騎士の剣閃の隙を掻い潜り、相手を確実に装甲ごと削いでいる。従騎士では相手にすらなっていないんだ。


 その瞬間にもリシィは光矢を放ち、アリーを容赦なく攻撃する。



「キャアアアアアアアアアアァァァァァァッッ!!」



 アリーは多量の光矢に悲鳴を上げ、それでも防護フィールドに護られる。

 だけど、彼女の眼前で霧散する金光の粒子は、まるで幾万のホタルの群れのように辺りを照らし、恐らくは眩しくて目を開けていられないはずだ。


 護りに入った者ほど脆いものはない、この隙はもらう。



 ――ドンッ! ボッ!!


 ――ゴンッ! ゴオォォォォッッ!!


 ――ガンッ! ゴンッ! ドゴオォォォォッッ!!



 想定通りに、三体の墓守が同時に火を噴いた。


 従騎士は、ルコの青光の大剣に真っ二つに両断されて破壊される。

 重砲兵はテュルケにケーブルを断たれ、サクラに打たれて燃やされる。


 光矢に対し、牛女神の堅牢な防護フィールドを自分のためだけに使ったんだ。


 少女を殺す覚悟、その咎を背負う覚悟、そんな覚悟は要らない。

 僕は想定する。想定を確定にまで導き、ただ救うことを当然のものとする。


 それが、僕の覚悟だ。




 ――です――青年よ。




 僕の内で猛る衝動が、再び声となった。


 柔らかな女性の声が聞こえる、いつか聞いたたおやかな声音。


 これは“三位一体の偽神”ではない、僕の内にもいる彼女の声だ。




 ――ために――招いたのです。



 ――どうか――止し、人々を黎明へ――ください。



 ――その地には――存在します。



 ――の欠片を――なら。



 ――必ず。




 いつか幻視した白銀色の龍……神龍グランディータ……。


 途切れ途切れに何かを伝えようとする声は、最後に『出来ます』と告げた。


 グランディータ……神龍はまだこの世界に存在している。

 神話の中、記録の中だけの存在だと思っていた者が、今もどこかにいる。

 僕に何をなせと言うのか、そして何故僕なのか、疑問は尽きない。


 だけど、神龍のお墨付きだ。ならばやってやれないことはない。



「今救いに行くぞ、アリー!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ