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第七十六話 再突入 迷宮下層へ

 ◆◆◆



 ニコラス ミラーが宿処に訪れてから一週間が経過した。


 ルテリアでは、アレクシア チェインバースと彼女が率いる墓守に対し、厳戒態勢で終日監視が行われている。

 街中にガトリング砲を撃ち込む相手に、流石に行政府の重い足取りも、アケノさんが『忙しいの~』とボヤくほどには軽いものとなっているようだ。



「カイト殿、すまん。この身、完治したら疾く後を追う。何卒ご無事で……!」


「ベルク師匠も、まずは焦らないで傷を治してください。僕たちは安全第一で行きますから。アディーテ、師匠のことを頼む」


「アウー! まっかせろ、カトー!」



 僕たちはピンク色を迎撃するため、今度こそ迷宮に入る。


 ベルク師匠はまだ無理だ。三十ミリガトリング砲の弾丸を三発も背に受けて彼の甲殻“竜鎧”は割れ、体に包帯を巻いた痛々しい姿となっているから。

 竜鎧は半年ほどで塞がるらしいけど、肉体に受けた傷が治るまでは無理をさせられない。師匠は板金鎧を背負ってまで同行しようとしたので、流石に止めた。


 二人の一時離脱はかなり痛いけど、能力の性質上アタッカーもタンカーもこなすルコが同行してくれると言うので、無理を通して決断を下したんだ。


 皆の安全を優先するなら、ルテリアの戦力も当てにして、地上で迎撃するのが良いのはわかっている。

 だけど、そうなると不特定多数の意思が介入し、場がかき乱されるほどにアレクシア チェインバースを引き戻せなくなる気がするんだ。


 これは、僕の“正しきをなす”というどうしようもない衝動。


 “三位一体の偽神”の掌の上はままならないな。



「はいは~い、カイトくんお待たせっ。ご所望のモノを持って来たよ~! ぐふふ、おぬしも好きよのう」


「ぶっ飛ばしますよ? この作戦・・を言い出したのはアケノさんです。僕を巻き込まないでください」


「あ~ん、つ~れ~な~い~~~~っ」



 僕はアケノさんから、鋼の箱で大事に包まれた“例のモノ”を受け取った。

 ピンク色に対する決定打、彼女の狂信を覆す致命打となるかも知れないモノだ。



「カイくん、それ何?」

「今は秘密」

「え~」


「それよりも、ルコは本当に僕たちについて来ても良いのか?」

「うん、大丈夫だよ。タッくん、親方と何か作り始めたから、当分は工房に籠もって出て来ないんじゃないかな~」



 『タッくん』、ルコと迷宮に入っていたもう一人の日本人だ。

 何度か親方のところに顔を出しているけど、結局会うことは出来なかった。


 名前は“佐東サトウ 匠海タクミ”、墓守に関する技師で戦闘は出来ないけど、ルコの戦闘能力が異常なので、彼女に付き従う形で迷宮に入っていたそうだ。



「私もお役に立てられたら良かったのですけれど、ギルド職員としての責務が最重要ですので、申しわけありませんわ」


「いえ、エリッセさんにはいつも一番大事な時に助けられているので、今は地上の護りをお願いします」

「勿論ですわ。ギルド職員一同、通常業務から万が一の際のルテリアの防備まで、全力をもって果たしますわ。カイトさんも、どうかご自愛くださいませ」

「ありがとうございます。最善を尽くします」



 ギルド内の迷宮に向かう上り階段の前で、見送りはベルク師匠とアディーテ、他にはエリッセさんとアケノさんだけしかいない。僕が狙わている状況なので、当然ヨエルやムイタには出戻りをしたことも教えていないんだ。



「くふふ、いざとなったら、我があの小娘の尻を引っ叩いてくれるわ」


「ノウェムも外見だけなら小娘だと思うけど……」

「なっ!? 主様よ、我をちんちくりんだと申すのか!?」

「そこまでは言っていないけど、自覚はあるんだね……」

「ぐぬぬ……」



 ノウェムは調子を取り戻したけど、攻撃戦力としては数えられない。

 その転移能力を活かした撹乱が限度か……。それこそピンク色のお尻を引っ叩くのも、不意を突けて本当にありなのかも知れない。



「カイトさん、【烙く深焔の鉄鎚(アグニール)】の使用許諾を取りつけました。“限定封印解除”までですが、人を相手にするなら不足はないと思います」


「ああ、逆に手加減が必要かも知れないから、充分だ」

「はい、その辺りは臨機応変に対処しますね」



 遅れてやって来たサクラは、あれからも相変わらず“大正メイドさん”だけど、どことなく艶が増したようにも思える。

 元々が女性的な魅力は人一倍だっただけに、妙に艶めかしい微笑みを向けられただけで僕は胸が跳ねてしまっていた。


 それにしても、皆には返せない恩ばかりが溜まっていく……。



「良し、みんな揃ったな。行こうか」


「え、ええ……」

「はい!」

「主様とともに!」

「はいですです!」

「私もおっけーだよ~」


「ぬぅ、愛弟子を見送ることになるとは……忍び難し!」

「アウー! 美味しいおにく取っておいてー!」

「皆様、無事のお帰りをお待ちしておりますわ」

「頑張ってね~、帰って来たらハグしてあげるから~」



 見送られるのはこれで何度目だろうか。


 この世界じゃまだ片手にも満たないほどだけど、やはりこの物悲しい気持ちはどうにも慣れる気がしない。

 二度と会えないんじゃ……という感傷は両親を思い出してのことか、見送るのも見送られるのも僕は本当に苦手だ。


 ……


 …………


 ………………



「リシィ、行くよ? 何でずっと目を閉じているんだ?」

「うにゅっ!? ななっ何でもないわっ! 置いて行くわよっ!」



 うん……?


 リシィはこの一週間ほどずっと様子がおかしい。

 避けられているわけじゃないんだけど、何か直ぐ視線が宙を泳ぐと言うか、目を逸らすと言うか、彼女もミラーに当てられた……わけじゃないかな、変だし。


 階段を上りながら、隣のテュルケにそれとなく訪ねてみるか。

 彼女も彼女でこの一週間は、どうもリシィのことを固唾を飲んで見守っている様子なので、聞きそびれていたんだ。



「テュルケ、ここしばらくリシィの様子がおかしいと思うんだけど」

「……えとえと、お嬢さまは~あれ~ほんとだ~どうしましたですぅ~?」



 おや、テュルケもあからさまに目を逸らしたぞ……。


 どこか僕と目を合わせないようにするリシィ……そんな彼女を見てやはり様子がおかしいテュルケ……うーん、これは……。



「リシィに自分の瞳の色が変わっていることがバレた?」


「キャーーーーーーーーーーーーーーッ!?」

「ひゃーーーーーーーーーーっ!?」


「テュルケ!?」

「カイトさん!?」

「くふふ、傍から見ている分には面白いな」

「あは、荷物転がってっちゃったよ。取って来るね~」


「あわわ……何でもないでしゅ。む、むむ虫が、ジゴロ虫が背中に」

「そう、驚いたわ……。取ってあげるから、後ろを向いて」

「だ、大丈夫でし! 背嚢と一緒にポンッですです!」

「そう……? カ、カイトは?」

「僕はつられただけだよ、はは」



 テュルケは背嚢を放り投げて叫んで、僕もそれにつられてビックリしたんだ。

 だけどやはりそうか、バレたか……別に隠さなくても良いと思うけど。


 僕たちは体勢を立て直し、再び階段を上り始めた。



「カ、カイトさん、ごめんなさいです。その通りでビックリしましたですぅ……」

「ごめんな……そんなに驚くとは思わなかったんだ。それで、何で……?」



 僕とテュルケは荷物持ちなので最後尾だ、内緒話に気が付かれることはないと思うけど、出来るだけ声を潜めて会話を続ける。



「あぅ、話の流れでルコさんがですぅ……」

「ああ、それは何と言うか……避けられない運命だったね……」

「ですです、姫さまの様子がおかしいのはそのせいですぅ」

「まあ、リシィが落ち着くまでは待ってあげよう。テュルケは大丈夫だった?」

「はいです。姫さまはお優しいので、黙ってたことも『大丈夫よ』って。えへへ」

「そうか、それは良かった」


「くふふ、本人にバレたことは、我は疾うの昔に気が付いておったぞ」

「地獄耳かっ!?」

「えぅっ!?」



 ルコと何やら話しながら前を上っていたノウェムが、トントントンと階段を戻って来て告げた。二馬身は離れていたんだけどな……。


 まさか、僕たちの近くに空間を繋げて話を聞いていたんじゃ……。



「ノウェム、変にちょっかいをかけないようにね?」

「我とてそこまで意地悪くはない。見ているだけでも滑稽で楽しませてくれるからな、リシィお姉ちゃんは。くふふふふ」

「ノウェムさん! 今は本当に姫さまをそっとしておいてくださいですです!」

「くふふふふふふ」



 このタイミングで発覚したのは、教えたのがルコなだけにあからさまな意図を感じるけど、賢明なリシィのことだから直ぐに普段の調子を取り戻すだろう。


 騎士として、何があっても彼女の一番近くで支え続けるんだ。



 【重積層迷宮都市ラトレイア】下層、そこに存在する新たな迷宮の姿に挑む。

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