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第七十二話 五十蔵 瑠子

「ヒアアアアアアッ!! ダッド、ダッド、ダッド、ダァァァァッドッ!!」



 僕たちからは離れた高台にピンク色が姿を現した。

 宙を掻いて涙を流し、父親を呼ぶ姿は幼子にしか見えない。



「ファック……ファック! ファック! ファアアァァックッ!! カイト クサカァッ!! オマエは絶対に許さなイ!! 神に反逆してダッドまで奪っタ!! 必ず殺ス!! 殺ス!! 殺ス!!」



 僕に悲痛な怨嗟の怒りが向けられた。

 だけど墓守は父親でも母親でもない、あれは一体どれほどの執着なのか。

 両親とは二度と会えないかも知れない、そこに付け込まれたのは間違いない。


 そして、瞬きの一瞬でピンク色を後ろ手に捕縛したアケノさんが現れた。

 僕の視力の虚までついた動きを目の当たりにして、もう忍者だと信じるしかない。


 アケノさんは『イエ~イ☆』とピースサインをこちらに送り、最後まで僕を睨むアレクシア チェインバースを連れて行ってしまった。

 しばらく経って落ち着いたら、彼女に会いに行こう。その歪んだ心根を正せるかはわからないけど、あのまま放置しておくつもりもない。



 幸いだったのは狙いが僕だけだったこともあり、艦艇の乗組員は無事だ。

 湖の沖合で大分離れているけど、甲板員がこちらに手を振っている。


 力を抜くと槍と盾が銀色の粒子となって消え、途端に酷い脱力感に襲われた。

 今までの神器を使った後の痛みとはまるで違う、何か天地が引っ繰り返るような目眩と悪寒に僕は堪らず倒れそうになる。



「カイト!?」

「カイトさん!?」



 直ぐにリシィとサクラが支えてくれたけど、これは何だ……体が異常に重い。



「ご、ごめん、体が思うようにならなくて。まさか、神器形成の負担……」

「そんな!? しっかりして、カイト!」

「リシィさん、カイトさんを横にしましょう。神脈を見ます」

「ええ!」



 地面に横たえられた僕は、直ぐにサクラが介抱してくれた。

 体の中に異物が流れる感触があり、気持ち悪く視界が回り続けている。



「これは……神脈に神器の光粒子が流れ込んでいます。数日で排出されると思いますが、繰り返すと淀みとなって深刻な臓器不全を起こすかも知れません」


「な……やはり、神器の形成もリシィじゃないとダメなのか、うっ……」

「カイト!?」

「大丈夫。吐き気がするだけ」



 リシィは不安げに表情を歪ませ、目尻には涙が滲んでいた。


 銀盾はかなり強力だったけど、無闇矢鱈と使うわけにはいかないな……。

 リシィじゃなく僕がやったからなのか、神器を別の形に変えたことが原因なのか、こんな副作用があっては迂闊に確認も出来ない。


 『出来ます』とは聞こえたけど、どうなるかまでは教えてくれなかった……。



「カイト……あまり無理はしないで。貴方に何かあったら……」

「ごめん、こうなるとは思ってもいなかった。やはり、神器の扱いはリシィじゃないとダメだね」

「そ、そうよ、次こんなことになったら絶対に許さないんだから……!」

「うん、全力で気を付けるよ」



 本当に気を付けないと。この状態での継戦は不可能だから、万が一にも墓守の討滅前に倒れでもしたらそれで終わりだ。槍は槍として使わないとダメだな。


 本当にままならないことばかりだ……。





 起き上がることも出来なかったのはほんのニ、三分で、直ぐに目眩は治まり、一度帰ることを告げようとするとサクラの獣耳が大きく動いた。



「カイトさん、彼女が来てしまったようです」


「彼女……まさか……」



 サクラは眉根を潜め、僕たちの反応にリシィは首を傾げた。

 その差は、ツルギさんが『警戒するように』と日本語で告げた一言によるものだ。


 あの青光の橋を作り上げた能力の持ち主か……。



「カイくん!」

「え?」



 『カイくん』……僕のことだよな?


 どこか懐かしいその呼び名が、僕の古い記憶を刺激した。

 記憶の底で引っかかるのは、忘れられない思い出の中で最も古いもの。


 声がした方向には、こちらに走り寄って来る一人の少女がいる。

 冒険者風の格好は、丈の短い革の上着とショートパンツが活動的で、伸びる手足は日焼けしてスラリと細く、野性的な筋肉はだけど女性的でもある。

 内に着込んだ青い衣服に黒い革鎧は、不思議とリシィとは真逆の配色だ。


 背中まで伸びたロングヘアの色は黒、特徴的なのは鮮やかな青色の髪の房が頭部の半分を覆っていること。大きく朗らかな丸い目は僕を一点に見詰め、明らかに友人に声をかけるような気軽さで近づいて来る。


 誰だ……日本人のはずだけど、何か違和感がある……。



「あはっ、やっぱりカイくんだ! ずっと会いたかったんだよ!」



 石畳に座ったままの僕の胸に、少女が飛び込んで来た。

 意味がわからず思わずリシィを見るも、彼女も目を白黒させている。



「ま、待って、君は誰? 心当たりがあるとすれば、五十蔵 瑠子さんだよな?」

「う? あ、そっか、小さい時だったから、私の名前を知らなかったんだね」

「え? 小さい時……?」


「そうだよ! カイくん、小さい時は私のこと『ルーちゃん』って呼んでたよ!」



 ……


 …………


 ………………


 そんなまさか、“瑠子”……“ルーちゃん”……。

 確かに僕には幼馴染がいた。だけど、彼女は目の前で……。



「ルーちゃん……?」

「そだよー?」


「彼女は亡くなったはず……?」


「生きてるよ? 半身不随になったけど、手術でアメリカに行って、日本に帰る途中でこの世界に来ちゃったんだ」


「……え?」



 百歩譲って彼女が“ルーちゃん”だと言うのは良い、だけど世界を跨いで邂逅するなんて、そんな偶然があって良いのか……。いや、僕は何らかの目的でこの世界に連れて来られた。


 とすると、この不自然な再会も必然・・……!?


 悪寒が背筋を這い上がる。ツルギさんの言った『イレギュラー』が、現実のカタチとなって僕の心臓を締めつけているようだ。


 かつて幼馴染だった少女、“ルーちゃん”。

 僕を見る瞳は純真無垢そのもので、確かに十年以上の歳月を超えても、僕の記憶の中の少女と被る。“血に濡れた少女”の最後の記憶。


 “五十蔵 瑠子”……この少女は一体何だ?


 彼女の瞳の奥には、人とは思えない青い光が揺らめいていた。




 ―――




 巨鷲を討滅してから二日が経過し、三日目の早朝。


 色々と整理することや皆の傷の手当てのため、僕たちは予定の何もかもを切り上げて宿処に戻って来ていた。


 僕もまだ万全じゃない、神器の変形は後に負荷が残り過ぎる。



「ノウェムの様子はどうだった?」


「はい、ようやく目を覚まされて、一言目が『主様は?』ですよ、ふふっ。直ぐ起き上がれるようにもなると思います」


「そうか、良かった。サクラ、ご苦労さま。いつもありがとう」

「はい」



 サクラはふんわりと微笑を浮かべ、宿所の二階に下りて行った。


 僕はそのまま三階に上がり、ノウェムの部屋に入る。

 階段を上って左に折れると僕とリシィたちの部屋が二つ、右に折れて行き止まりが彼女しかいない二人部屋だ。やはり、一人だと少し寂しいか。



「ノウェム、大丈夫か?」


「主様、見舞いに来てくれて嬉しいぞ。見よ、我はこの通りもう何ともない」



 と言う割には、ベッドの上に横たわったまま手だけを動かしている。


 僕はベッドの脇の椅子に腰掛け、彼女の頭を撫でてあげた。

 リシィがいたら睨まれそうだけど、今はノウェムに対する感謝を表すのに、これ以外の方法が見つからないのでただ優しく撫でる。



「ノウェム、改めてありがとう。おかげでみんな無事だったよ。無茶をしてくれる」


「くふふ、主様とて大分無茶をしたと聞いたぞ。これでおあいこだ、この場合はお互い水に流すしかないよなあ」


「ぐっ……それを言われると反論する余地もない」

「くふふふふ」



 彼女はもう大丈夫なようだ。

 この二日の間は昏睡状態が続いて顔色も悪かったけど、今は血色が戻って調子も取り戻している。


 あの時、皆の覚悟が空振りした結果、それが彼女の負担となってしまった。

 多分、力を使うなと言っても無理だから、何とかこの小さな体の負担にならないような使い方を考えてやらないとな……。



「ノウェム、何か欲しいものはないか?」



 その一言を告げた瞬間、ノウェムの瞳が輝いた。

 勢い良く起き上がり、どこから取り出したのか一枚の紙を差し出して来た。


 それは行政府発行の婚姻届・・・、期待に満ちた眼差しは元気そのものだ。



「はっはっ! ノウェム、その手のものは何かと引き換えにするもんじゃないよ?」


「ぐぬーっ! 主様はいつものらりくらりとずるい! 拇印、拇印だけで構わぬ! 我と夫婦の契を! でなければ泣くぞ! うわーんっ!」



 あ、言っている傍から泣いた。


 ノウェムに対して親愛の情はあるけど、どう見ても幼女なのは娘か良くても妹にしか見られないんだ。いずれは実力行使に出そうだけど、その時はその時で、今は焦らずともに歩いて行きたい。



「ノウェム、デートくらいならするから、今はそれで手を打たないか?」

「ぐす……本当だな? 我もリシィのように、主様と一緒に街に行きたかった!」



 なるほど、それでか。



「わかった、じゃあ体調が戻ったら遊びに行こうか」

「わーいっ!」



 はしゃぐノウェムは、ますます子供にしか見えなかった。

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