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第七十話 武士道とは死ぬことと見つけたり!

 工房区の入り組んだ路地裏を走る。

 周囲の建物は背の高い工場ばかりで、合間を行けば空からでもおいそれとは発見出来ず、見つかったところで身を隠す場所は充分にある。


 誘き寄せると言っても、あんな相手に常時身を晒すわけにはいかない。チラリチラリと居場所を把握されるくらいが丁度良い。



「カイト、私が神器で落とすわ」


「ああ、それはやって欲しいけど、もう一人の存在が確認出来ないことには、無闇にリシィを開けた場所に晒せない」


「そ、そう……確かにそうね」



 資料によると、アレクシア チェインバースは二人一組で行動している。


 相方は“認識阻害”能力を持つ、ニコラス ミラーと言う名のアメリカ人。

 しかも転移時に、対物ライフルバレットM82を持ち込んでいて、示し合わせたように能力と装備の最悪の組み合わせが出来てしまった。


 三人目の信奉者は迷宮に入ったまま消息不明。

 そして先日、僕の後にもう一人増えたとも聞いた。これで信奉者は四人……とは言え、最後の一人は固有能力を得ていないようで、まず警戒すべきはピンク色と相方の二人だ。



 空を見上げると、大きく旋回している巨鷲フレースヴェルグが建物の合間から見えた。

 直ぐに路地を曲がり、進路を把握されないように湖を目指して走り続ける。


 この辺りでパーティを分けてピンク色を捕縛したいけど、攻撃から逃れることに必死だったせいで相手の居場所を失念していた。緊急時の判断は難しいな……。


 思考と周囲への警戒を続けている最中、また上空に巨鷲が見えた。

 何度目かの路地を曲がり、そこでチリッと首筋を焦がすような嫌な予感が奔る。



「しまった!? 戻れ!!」



 曲がった先は長い直線だ、両脇を工房の壁に阻まれて逃げ場のない狩場。

 これは罠だ。巨鷲の他にもう一人からも位置を確認され、追い込まれている。


 だとしたら、もう既に……!


 目の前に、振り返って戻ろうとした十字路に、器用にも巨大な翼を滑り込ませて巨鷲が道を塞いだ。羽ばたきもしていない、間違いなく重力制御の類がある。



「リシィ、光盾展開!! ベルク師匠、重ねて凌げ!!」


「金光よ盾となり護れ!」

「ぬぅんっ! 決して通さん!」



 そして、巨鷲が弾丸を吐き出した。



 ――ブォオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォッ!!



 果たして毎分何千発に及ぶのか、弾丸が狭い路地に甚雨の如く降り荒ぶ。


 阻まれて拉げた弾丸が一瞬で石畳を埋め尽くし、光盾は辛うじて抜かれずにはいるけど徐々にその構成を崩されていく。

 リシィから立ち上る金光は激流を思わせ、竜角の入った僕のポーチからも金光が流れ出ているんだ。消耗は甚大だけど、一瞬を凌げさえすれば……。



「うっ、くうっ……カイトッ……」



 リシィは顔を歪ませ、それでも歯を食いしばって堪え続ける。


 だけどおかしい……これだけ撃ち続けたら砲身は焼けつき、何よりも弾が持つはずない……。


 ……


 …………


 ………………


 ……まさか……まさか……まさか!


 “異世界転移”、それは神によるものでも、ましてや偶然によるものでもない。

 ノウェムの空間に干渉する固有能力、空間にまで影響を及ぼす迷宮内の環境。


 “転移”……まさかこれは、神代で既に確立された技術なのか!?

 だとしたら弾倉は別空間にあり、僕たちが死ぬまで撃ち込まれ続ける!


 僕の顔色を察知したのか、サクラとアディーテはそれぞれの武器を構えた。

 ダメだ、この状況で金盾から出たら……。なら僕が行く……首を振る暇すら与えずに、例え暴発に巻き込まれようともそのクチバシを閉ざしてやる。


 覚悟を決めろ……!



「ぬぅんっ!」


「なっ!?」

「えっ!?」

「アウッ!?」



 飛び出そうとした瞬間、ベルク師匠が自身の巨体に僕たちを抱え込んだ。

 巨鷲を背にし、その剣林弾雨から自分を犠牲に皆を護ろうとする。



「ベルク師匠! 離してください! 頼む、頼むから!!」


「カカッ! これも一人無様に生き残った某の業。ならばここで散ろうとも、この命を懸け次代のため鋼の盾と化さん!! 『武士道とは死ぬことと見つけたり!!』」


「ベルクさん!?」

「アウーッ! ベルクーーーーッ!!」



 金光が霧散する、盾の形を保てなくなり、端から光の粒子となって消える。



「まだ、まだ僕は諦めていない、離してくれ、頼むから、ベルク師匠――!!」



 そして、血煙が舞った。


 硬い金属を貫く容赦のない破砕音、堪らずに仰け反った巨鷲が建物を崩しながら空に逃れ、後に残ったのは血が撒き散らされた路地裏。


 何が起きたのか、ベルク師匠の懐に抱かれる形で状況がわからない。


 べっとりと黒鋼の巨体を血で濡らした彼は、だけど意思をもって動いていた。



「ぬぅ……生きておる……」

「アウー! アウーッ! アーーウーーーーッ!」



 アディーテが、今の状況で不思議と生きているベルク師匠を叩いた。

 叩いて、叩いて、悲しくなったのか涙を流し、それでもまた叩く。



「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」



 傍ではリシィが膝をついて呼吸を荒げている。


 何で……僕たちは無事なんだ……?



「ノウェムさんっ!?」



 振り返ると、サクラが石畳に倒れたノウェムを抱え上げていた。

 彼女の小さな体は、袈裟斬りにでもされたかのように血で塗れている。



「ノウェム!? まさか……!?」


「くふ……けふっ、くふ、ふ、敷い……た、ぞ。我……の、生涯で……もっとも、大きな陣……褒め……て、欲しい……な、主様……けふっ」



 酷い有様だ、鼻血だけでなく吐血までしている。

 あの時、皆が覚悟をしていたように、ノウェムもまた覚悟をしたんだ。


 どれだけの弾丸が転移陣を通り抜けたのか、どれだけの負担が小さな体にかかってしまったのか、それでも彼女の陣は全ての弾丸を飲み込み、巨鷲に返した。


 涙が滲み、それでも堪え、僕は彼女の口元の血を拭ってから、頭を撫でてあげた。



「ノウェム、ありがとう。良くやった、最高の家族だよ」

「えへ……嬉しい、な……褒められるのが……一番……嬉し……」



 そう言って、柔らかく微笑んだノウェムは意識を失った。

 感傷は後だ……彼女の献身に報いるため、今やるべきことをやる。



「ベルク師匠は大丈夫ですか?」

「うむ、無事ではあるが……某もいくらかは食らってしまったようだ。竜鎧を抜くとは侮れん……」



 見ると、ノウェムの血で濡れている以外に、背からも血が流れていた。

 僕たちでは一発掠めただけでも死んでいたものを、彼は文字通り鋼の盾となって止めてくれたんだ。


 言いたいことはあるけど、今は敬意を表したい。



「ベルク師匠、ありがとうございました。だけど、僕たちはあの時まだ諦めていませんでした、このようなことは二度としないでください」


「うむ……すまん。一度口にしたい文言があったものでな、生き急いだようだ」


「勘弁してください……」



 『武士道とは死ぬことと見つけたり』か、どこで聞いたのやら……。


 何にしても、ノウェムとベルク師匠は行動不能だ、一度退避してもらうしかない。

 まだ巨鷲を破壊したわけじゃない、この状態で連れて行くことも出来ない。



「アディーテ、二人を連れて建物の中に避難してくれ。手当てを頼む」

「アウッ……ぐすっ、アウー……わかったー」


「リシィ、大丈夫か?」

「ええ、息は整えたわ。ノウェムの分くらいは、私が代わりを果たすわ」

「うん、頼む。頼りにしている」



 ダッド(・・・)に傷をつけられて憤慨するピンク色が目に浮かぶ、これから更に執拗な攻撃を仕掛けて来るだろう。


 だけど、憤慨しているのは僕も同じだ。人を人とも思わない非道さに、己を失い別の何かを寄る辺とする弱さに、そして何よりも自分の不甲斐なさに怒っている。


 終わらせる。一切合切の手加減もなしに、この怒りを拳に込めて。



 もう一度ノウェムに向き直ると、どこから現れたのか、いつの間にかアケノさんが彼女の様子を見ていた。



「アケノさん?」

「お待たせっ、カイトくん。この娘は出血が多く見えて、命に関わるほどじゃないよ。安心しなさい。直ぐに救援も呼ぶね」

「は、はい、いや、僕が聞きたいのは……」


「わかってるって! 時間がないからチャチャッと説明すると、現在ニコラス ミラーを包囲追跡中、厄介な能力だから捕縛まではいかないかもだけど、後顧の憂いは断って来たよ。後はあれを何とかするだけ」



 そう言ってアケノさんは空を指差した。

 その先には、被弾したことで機動力が落ちたのか、防衛設備の対空砲火を必死に回避している巨鷲がいる。


 ずっと狙撃を警戒していたけど、アケノさんが牽制してくれていたのか。



「ただね、巨鷲はあの“目”が厄介でね。あのお嬢ちゃんに近づこうとすると、ハンバーグにされちゃうのよ」



 『ミンチ』と言いたいのだろう、こね回されたりはしないと思う。



「だから、若いからって調子に乗ってるピンクのお嬢ちゃんは、カイトくんが巨鷲を落としたタイミングでこちらで何とかするよ。出来る?」


「やります。最初からそのつもりです」

「良っし! 男の子は後ろ向きより、めんどくさいくらい前向きの方がイケてるよ!」



 めんどくさいのはアケノさんだけど、今はその存在がとても心強く思える。



「リシィ、サクラ、行こう。僕たちは巨鷲を落とすことに専念する」


「ええ、私もあのピンクの娘には思うことがあるの」

「はい、皆さんが負った傷の分、この鉄鎚で返します」



 最早、当てだけに頼ろうとは思わない。確実に僕のこの手で撃ち落とす。

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