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第六十九話 急襲 街に降り荒ぶ篠突く雨

 ……最悪だ。


 探索区に向かう橋の上、目に入ったのは欄干に腰かけるピンク色(・・・・)

 態勢を立て直そうにもこんな街中で、それも相手に気が付かれている状態ではどうにもならない、最悪のタイミングだ。


 アレクシア チェインバース、何故そこにいる。



「ぬぅ……。なるほど、見事なピンク色。彼奴めが信奉者か」

「アウー! アレ、アレキシ……アレ串焼き? ピンク色!」



 巨鷲フレースヴェルグを警戒するあまり、迷宮に入ることを焦った僕の判断ミスだ。

 穴のある防空監視網では頭を押さえられているのと同じ、迷うことを覚悟で地下を行くべきだったか……。だけど、もうひとり(・・・・・)の固有能力は近隣に潜まれても気が付くことすら出来ないんだ。この遭遇は恐らく避けられなかった。


 どうする……あのピンク色が、今一度見逃してくれるとは到底思えない。

 こうなってしまった以上は、今ここで話し合いで解決するしかない。



「カイト……」

「ああ、同じ地球人同士だ。話し合いで何とかしよう」



 周囲には橋を渡る多くの人々がいて、戦闘になった時のことを考えると、見晴らしが良く逃げる方向も限定されてしまうここはよろしくない。

 例えこの中に、数少ない対空攻撃能力を持っている探索者がいたとしても、これでは薙ぎ払われて終わりだ。


 欄干から降りてこちらに歩き始めたピンク色を見据える。

 少女の瞳は変わらず狂気を宿し、口元には三日月が貼りついたまま。



「サクラ、聞き耳を立てて。どこかに狙撃手が潜んでいる」

「はい、お任せください」

「異常を感じたら突き飛ばしてでも構わない、みんなをその場から移動させるんだ」

「はい」



 信奉者たちの固有能力は、ツルギさんから貰った資料を見ても完全に把握は出来なかった。

 この世界には元々ない謎の能力。資料はその結果だけが書かれていて、詳細については推測すら出来ていなかったんだ


 アレクシア チェインバースの固有能力は、“墓守操作”で間違いない。


 能力の詳細は不明。ただ彼女が『ダッド』と呼ぶ“巨鷲フレースヴェルグ”、『マム』と呼ぶ“牛女神ゲフィオン”、二体の墓守を引き連れていることだけが確認されている。

 その危険性は、僕たちが正騎士と戦っている間に下層第三拠点シェハイムが墓守に襲撃され、墓守討滅と同時に拠点にも被害をもたらしたことからも伺える。


 当てに出来る対空手段は二つ、エリッセさんともうひとつは……。



「ハイ、カイト!」

「やあ、アリー。奇遇だね」



 僕たちは何とも白々しい挨拶を交わした。

 彼我の距離は三メートル、一息に踏み込め、だけど酷く遠い三メートル。



「アンサーを聞かせて。アナタはアリーとともに、神の元に仕える栄誉を賜ったノ。当然返事は決まってるワ。さあ、アリーと神命を成し遂げ、地球に帰還しまショ!」


「ああ、それは悪くない。神に仕えるのは僕たちにとって至極だ」


「ダウト」



 一見朗らかに会話は始まるも、次の一瞬で辺りの空気は凍りついた。

 今まで笑っていたピンク色から表情が抜け落ち、まるで西洋人形の様。

 首を斜めに傾け、瞳には狂気どころか最早空虚しかない。


 僕は選択を間違えた? 違う、狂信者故に感じ取られた(・・・・・)んだ。

 どんな肯定的に返事しようと、心根を見透かされては選択のしようがない。


 何とか対応しようとした瞬間、ルテリア全域に大音響が轟いた。

 一度聞いたことのある警報が、『ウーウーー』と墓守の襲撃を知らせる。

 人々は何事かと足を止めて周囲を見回し、やがて第一防護壁の上から砲音が聞こえ始めた段階で、全ての人が空を指差して見上げた。


 空では、高空から接近する巨鷲が徐々にその姿を大きくする。



「みんな逃げろ!! 僕たちは橋の下に!!」



 橋の上の人々に逃げることを促し、僕たちは欄干から飛び降りた。

 だけどこれは……これこそが間違った選択だ。


 最適は、ここで彼女を殺してしまうこと(・・・・・・・・)


 結局、最後まで覚悟が出来なかった、そんなことが最善であって堪るものか。

 死線の間際に立ちながら、甘過ぎることはわかっていて、それでも覚悟のひとつも出来ず、話し合いで何とかしようとして、その結末に他の誰かが死ぬ。


 神が本当に存在するのなら……お前たちは、僕にこの手を汚せと言うのか!





 河岸に着地したと同時に、急速に接近する巨鷲が口から煙を噴き出した。



「隠れろ!!」



 弾着音が連続し、頭上の橋を刳り割った巨鷲が咆哮する。



 ――ブォオオオオオオォォォォォォォッッ!!



 “巨鷲フレースヴェルグ”――空を狩る灰色の巨大な荒鷲、近接航空攻撃用の【鉄棺種】。

 全長十二メートル、翼幅二十八メートルにも及ぶ、獲物を一方的に狙う狩人。

 遭遇したら逃げることしか出来ず、極まった対空攻撃能力を持つ者のみが唯一落とせる空の王者だ。


 巨鷲はアメリカ軍の近接航空支援機、A-10サンダーボルトⅡを思わせる。

 搭載兵器も、A-10装備のGAU-8アヴェンジャーと同じ、三十ミリガトリング砲。

 砲身こそ数を減らして五本だけど、そんなことは生身の僕たちには関係ない。発射速度は毎分数千発、擦れ違い様にミンチどころか血霧にされてしまう。


 更には、VTOL機のように空中で停止しながらの発砲も確認されている。

 神代の技術……やはり重力、慣性制御の類が間違いなくある。



「テュルケ、ギルドに行ってエリッセさんに伝えてくれ! 『巨鷲を湖に誘導する』と」

「はいですです!」



 いつものようにサクラじゃないのは、他の信奉者を警戒してだ。


 姿を現さないもう一人の固有能力、“認識阻害”。

 偽神に与えられたとはいえ、僕と同じように完璧・・だとは思えない。

 必ず何かしら穴があるはす。だから、五感の最も優れたサクラを残すことで、弾丸が大気を斬り裂く音すら聞き逃さないようにする。


 エリッセさんとは、ツルギさんと対面した後に連携の確認を取っておいた。

 彼女なら直接連絡を取らずとも、既に独自に動き始めているはずだ。



「みんな、湖まで走る! 巨鷲が旋回している間に路地裏へ!」



 ――ガガガガガガガガッゴンッガガンッ!!


 ――ブォオオオオオオォォォォォォォッッ!!



 弾着、咆哮、そして橋の上を過ぎ去る音が遠ざかる。



「今だ! 走れ!!」


「はい!」

「おお!」

「アウー!」


「テュルケ、どうか無事で!」

「姫さまも!」


「ぐぬ、我が大きな陣を敷ければ……」



 テュルケと別れ、僕たちは荷物を放り投げて走り出した。


 今も防護壁の上からは対空防御射撃の火線が伸びているけど、空を縦横無尽に飛ぶ巨鷲には近射すらなく、明らかに砲旋回が間に合っていない。


 欄干の上からは、ピンク色が翻るスカートを気にも留めず僕たちを見下ろす。



「アハー! 逃げロ、逃げロ! 神に背く者は敵! アリーは神の御名においテ、どこまでも追い駆け殺ス! 臓物をぶち撒ケ、聖餐の贄となるが良いワ!!」



 狂っている……資料によると、ここに来た当初は普通の少女だったのに……。


 何が彼女をこうまで狂わせた……クソッ、“三位一体の偽神”……!!



 僕たちは土手を駆け上がり、まずは建物の陰に隠れるために全力で走る。



「カイト殿! 湖に向かい何をされるのか!」

「湖にはルテリアの艦隊がいます! そして、艦船には……」



 そう、目指す湖には、砲狼戦以降で外洋から戻された艦隊・・がいる。


 そして僕が目を奪われた巡洋艦……あの艦には、一基だけガトリング砲があるんだ。レドームこそないけど、あれはともすれば近接防御火器システムCIWS。


 性能は本物のCIWSにはまるで及ばないだろうけど、弾幕を張って巨鷲の動きを止めてさえもらえれば、後はエリッセさんが超長距離射撃で落としてくれる。


 咄嗟の機転、またしても足りない手段、あまりにも細過ぎる命綱。


 果たして、これで届くのだろうか……。





 路地に入る時、ゆっくりと街の上空を旋回している巨鷲が目に入った。


 あいつ、遊んでいるな……巨鷲は航空機じゃないんだ、その気になれば身を翻して一瞬で旋回も可能なはずなのに。


 その心の隙、いずれ自らを張りつける十字架となるぞ、ピンク色。

 巨鷲を落とし、言って聞かない奴は必ず僕がぶん殴りに行く。


 弱気になるな、なら届かせてみせる。空の王者ごと歪んだ心根は僕が正す!

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