幕間五 テュルケのおつかい
「えとえと、確かこの建物です?」
姫さまとカイトさんをお見送りした後、私は包丁を研ぎに出しに工房区までやって来ましたです。
大きな工房の中に入ると、直ぐにお髭の素敵なお爺さんと会いましたぁ。
「あのあの~、鍛冶屋さんに紹介されて来ましたです~」
「何だ……ん? おまえさん、確かクサカと一緒にいた」
「あっ、『親方』さんっ!」
前に迷宮の入口でお会いしたことのある方ですです!
ご挨拶は出来なかったですけど、カイトさんとお話してましたです!
「ああ、確かに俺が親方だな。おまえさんは?」
「はい! テュルケ ラィエントリトと言いますです!」
「俺にも一応カツエ ヒョウドウって名前があるが、『親方』で良いぞ」
「はい、親方さん!」
「それで、何の用だ?」
「包丁を研いでもらいに来ましたぁ。最初は鍛冶屋さんに行ったら、ここじゃないと無理だと言われましたです」
「うん? どれだ、見せてみろ」
鞄に入れてた包丁を取り出して、親方さんに渡しましたです。
親方さんは、目に小さい望遠鏡みたいなのをつけて見てますです。
「こいつは……八城の親父の作だな。こいつをどこで?」
「はい? えとえと、エスクラディエに立ち寄った時です……」
「そうか、嬢ちゃんは運が良かったな。この包丁は相当貴重なもんだ」
「えっ!? 武器屋さんで普通に売られてたものですよ?」
「はっはっ、こいつの目利きはそう簡単に出来んからな。知ってる者も俺しかいない」
親方さんは笑ってますです。最初は格好良いけど少し怖い人だと思って、今は何だかお爺ちゃんみたいで、これなら怖くないですです!
「だが、研ぐのは無理だな」
「え? ここでも無理ですですっ!?」
「いや、こいつを研げる砥石を貸し出してるんだが、しばらく音沙汰がなくてな。取りに行こうにも、クサカが色々やらかしてるからこちとら手が足りん」
工房内には墓守の部品が山積みになってて、職人の皆さんが慌ただしく走り回ってますです。部品のいくつかは見覚えがあるので、私たちが討滅した墓守がここに運び込まれてるんでしょうかぁ?
凄くお忙しそうなので、それならここはメイドの私の出番ですですっ!
「えとえと、私が行きますです!」
「お、そりゃ助かるが遠いぞ。大丈夫か?」
「お任せくださいですです!」
私はいきようようと工房を後にしましたです!
―――
「うぅ……迷いましたですぅ……」
親方さんからもらった地図通りに、馬車に乗ってルテリア南の森林まで来て、街道沿いで降りた後にどこだかわからなくなりましたですぅ……。
周りは深い森で、ガサガサ茂みを揺らすのは野生動物でしょうか……もう泣きそうですぅ……。
「うわーんっ! 姫さまーっ!」
おかしいです、こんな森の中に本当にお家があるんでしょうか。
まだお昼なのに、森の中は暗くて何か変な匂いもしますし、もう嫌です、帰りたいですっ! 魔獣はいないって聞いてたのに、何かにつけられてるみたいですし、姫さまがいないと凄く怖いですですっ!
な、泣きそうでしたけど、姫さまのお顔を思い出して我慢しましたです。
帰れなくなっても、姫さまとカイトさんがきっと探しに来てくれますから、今はまだお使い頑張りますです!
それにしても、さっきから囲まれてますですぅ……。
「誰です! わかってますよ、出て来て下さいですです!」
「けっけっけっ、こんなところにぃ可愛いメイドちゃんがぁ、一人でのこのこやって来ると危ないぜあぁ」
「わー、とうぞくさんですー、こまりましたですー」
「何だその棒読み! 人買いに売り払われることがわかってるぜあ!?」
もしかして、砥石の人……えとえと、“サトウ”さんと音沙汰がなくなったのは、この盗賊さんたちのせいでしょうかぁ。
私を取り囲んだ盗賊さんは五人もいますです。でも多分、砲兵の脚の数より少なければ、私一人でも大丈夫な気もしますです。姫さまの一番の侍従として、盗賊さんに後れを取るつもりはないですです!
「なあ“ぜ”の兄貴ぃ、久しぶりに上玉だぁ。売り払う前にお楽しみしないべあぁ?」
「けっけっけっ、それもそうだな“べ”の弟ぉ。金には困ってないから、しばらく俺たちに奉仕してもらうぜあぁ」
「勝手に決めないでくださいですです!」
盗賊さんたちの気持ち悪い笑顔に鳥肌が立って来ましたです。
けどおかしいです。ルテリアの周辺は衛士隊や騎士団がいるから、普通盗賊は出没しないと聞かされていましたです。この盗賊さんたちは何なんでしょうか。
「さあぁ、気持ち良くしてあげるからぁ、大人しくするぜあぁ」
「気持ち悪いですです!」
「ぎゃああああああああぁぁぁぁっ!! ぜあぁんっ!!」
近づいて来た盗賊さんは私のお胸を触ろうとしたので、おたまで思い切りぶっ飛ばしましたです。すると、盗賊さんはぐるんぐるん回って飛んでって、木に衝突して変な声を上げて気絶しましたです。
えへっ、どんなもんだいですですっ!
「あ、兄貴ぃ!? お、おまっ、兄貴の仇ぃっ! ぎゃああああああああぁぁぁぁっ!! べあぁんっ!!」
小さいと思って舐めてるんでしょうかぁ?
「こいつ、強えぞ!? おい、アレ持って来い!」
「『アレ』って何です?」
「答えるわけ! ひっ……ぎゃああああああああっ!! ぐべらっ!!」
この盗賊さんたち、ビックリするほど弱いです。
これなら労働者の方がよっぽど強いですです。
「いっひひっ! メイドちゃんよぉ、いくらお前が強かろうと、こいつはどうにもならんだろう? いひひっ!」
……続いて出て来たのは、“労働者”です?
何でしょうか、森の奥から労働者の胴体だけ取っちゃって、代わりに人が座る椅子のある乗り物が出て来ましたです。始めて見ましたけど、多分【神代遺物】です?
三人ぶっ飛ばしたのに、また三人増えてめんどくさいです……。
「いひっ! 怖くてお漏らししても良いんだぜえ! いひひっ!」
「うえぇ、気持ち悪いですぅ……」
私を取り囲む盗賊さんたちは、ぺろぺろと舌を出して涎垂らして、視線だけで体を舐められてるようで、ほんと嫌です。最低に気持ち悪いです。
「おい、捕まえろ! 握り潰すなよ!」
“変な労働者”が襲いかかって来ましたです。
私を捕まえようとする腕を避けて、カイトさんに教えてもらった通りに、包丁で装甲の隙間の線を狙いますです。右腕の手首、肘、肩、次に左腕も同じにですっ。
これ、乗ってる盗賊さんが動かしてるんでしょうか、だけど殆ど労働者と変わらないので楽勝ですですっ。
「何だこいつ!? う、腕が動かねえ!?」
「やべえ、こいつ竜種だ! 竜角があるぞ!」
「今頃気付いたんですぅ?」
「ひやぁっ! 逃げ……」
「ダメですです!」
とりあえず、おたまで殴って全員気絶させましたです。
でもこれどうしましょうか、一人残して道案内を頼むべきでした。
包丁も目に見える刃こぼれはないですけど、やっぱり少し引っかかったのが気になりましたです。早く研いでもらいたいです。
「おお~」
考えごとをしてると、茂みの中から男の人の声と拍手が聞こえて来ましたです。
「まだいたんですか!」
「ちょっ、ちょっと待った! 自分は来訪者だ!」
「ふぇ?」
茂みの中から出て来たのは、白衣を着て二つ分けの長い黒髪を後ろで束ねた、無精髭のおじさんです。親方さんから聞いてた特徴と同じですです。
「サトウさんです?」
「あ? そうだが、君は?」
「はい、テュルケ ラィエントリトと言いますですっ。親方さんのお使いで来ましたぁ」
「ああ~、と言うことは砥石か。こいつらがいて街に出れなくて、ずっと隠れてたんだ。感謝する、小さな英雄さん」
「えへへ、このくらいお安いご用ですですっ♪」
ふぇ~、良かったですぅ~。
これでお使いも終わって、街まで帰れるですぅ~。
私はサトウさんに、少し離れた工房まで案内してもらいましたですっ。
―――
ふえぇ……結局、盗賊さんたちのことで衛士隊を呼んだり、事情聴取されたり、ルテリアに戻ったら夜になってしまいましたですぅ。
衛士隊の馬車に乗せてもらえたのは良かったですけど、森の中で滑って転んで泥だらけになって、今日は散々でしたぁ……。
きっと姫さまもカイトさんも、サクラさんも親方さんも、みんな心配してますです。
怒られるでしょうかぁ……頑張ったんですけど……。
大通りで馬車を降ろしてもらってとぼとぼ歩いてると、親方さんの工房の前に人が集まっていますです。
あわっ、姫さまとカイトさんとサクラさんです、ノウェムさんとベルクさんとアディーテさんまでいますです。やっぱり探してくれてたんですね。
「あっ、テュルケ!」
姫さまが私を見つけて、駆け寄って来てそのまま抱き締められましたです。
「ふぐぅ! 姫さまっ、く、苦しいです、です」
「あ……ごめんなさい、テュルケ。心配したのよ、盗賊に遭遇したって衛士隊から連絡を受けて、本当に心配したの」すね。
「は、はい、ごめんなさいです。お使いに行っただけなんですけど……」
「それは良いの。良く頑張ったわね、テュルケ」
「ふえぇ……姫さまぁーーっ!」
その後のことは良く覚えてませんです。
姫さまと一緒にお風呂に入って泥を流してもらって、姫さまと一緒にご飯を食べて、姫さまと一緒のベッドに入って……やっぱり私は、姫さまのお傍が一番です。
包丁を研ぎたかっただけなのに、本当に大変な一日でしたぁ。
「でもでも、これからも頑張りますですですっ!」