表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/440

第六十六話 休日の終わりに

 ◇◇◇




 私たちは、ルテリア湖を一望出来る素敵なレストランに入った。


 波乱はあったけれど、今だけはカイトとの穏やかな休日を満喫出来ているわ……なのに、彼は私を放って置いて窓ガラスに貼りついているのっ!


 もう、もう、もうっ、何なのっ!



「カイト、そんなにわ……あの船が気になるの?」



 『私よりも』と言いそうになったけれど、何とか飲み込んだ。


 先ほど、カイトは私のために身を挺して、だ、だ、抱きっ……ま、護ってくれたもの。少しくらいは、彼が興味を惹かれるものに理解を示してあげても良いんだから。



「うん、僕の国の昔の軍艦、重巡洋艦高雄にそっくりなんだ。と言っても、艦影がそう見えるだけで、実際には主砲が三基しかなかったり、その分の小口径砲が多かったりと細部は大分違うみたいだ。魚雷発射管もないようだし」


「へ、へえ……」



 カイトが熱心に見詰める先には、沖合に浮かぶ大きな船があるわ。

 他に同じ型の船がもう一隻と、後は多数の小さな船が停泊しているの。


 構ってもらえないのは少し寂しいけれど、カイトのこんなに目を輝かせている姿は始めて見たから、こんな一面も見れて良かったのかも知れないわ。



「内海と呼べるほどに大きな湖だけど、流石に戦艦はないんだな。外海に面した港にはあるんだろうか。それともやはり神代の……」


「せ、せんかん?」

「あ、ごめん。僕は海が好きで、ずっと船乗りに憧れていたんだ」

「そうだったのね……。そ、それなら、私の騎士をやめて船乗りになりたい?」



 意地悪な質問をしてしまったわ……この気持ちはヤキモチかしら……。



「はは、それはないよ。選んだ職に必ずなれるとしても、僕は何度だって迷うことなくリシィの騎士を選ぶから」


「んっ!?」



 カ、カイトは直ぐに私の胸を締めつけることを言うんだから、油断出来ないわ。

 それも自覚なく言っているわね……あの顔は絶対にそうなんだから。

 普段は察しが良いのに、こんな時に鈍感なのは何でかしら……。


 もう、そしてまた船を見ている……。折角の二人きりなのに、これでは子供と一緒に来ているみたいで雰囲気も出ないわ。

 けれど、カイトらしいと言えばカイトらしいから、少し安心もしてしまう。


 ん、穏やかな時間はもう彼なしでは考えられないわね……。



「あ、料理が来たよ。美味しそうだ」

「ええ、とても美味しそう。見惚れるのも良いけれど、冷めない内に食べてね」

「ああ、見惚れると言うのなら僕の前に、も……げほっごほっ!」

「どうしたの?」

「い、いや、何でもない」

「変なカイト?」


 本当に……。




 ―――




 食事を済ませた後、私たちはその足で湖畔にまで来ていた。

 元々はここが目的地だったから、その流れでレストランを教えてもらったの。



「カイト、こっちよ」

「これは……慰霊碑?」


「ええ、墓守との戦いで亡くなった、全ての探索者や衛士の名がここに刻まれているわ。先日のルテリア襲撃の犠牲者も、第ニ拠点での犠牲者もこれからここに……」


「そうか……ここは英霊を弔い、そして忘れないための場所なのか」



 レストランから歩いて十分ほどの、湖畔の高台に目的の場所はあった。

 剣と盾を持った“始まりの探索者”と呼ばれる像を中心に、何千、何万と人の名前が刻まれた石碑がいくつも並んでいるわ。



「ええ、英霊を偲んで神龍の元に送るのは、龍血の姫神子である私の本来の役目だもの。今日はそれを果たしに来たの」


「そうだったのか……。この世界の、英霊に対する礼はどうすれば良いんだ?」

「カイトは私の騎士だもの、傍にいてくれるだけで良いわ。祈りを捧げるのは私」

「わかった。リシィの傍にいるよ」



 そう伝えると、カイトはどこか硬い動きで私の背後に立った。

 彼を見届けてから、私は像の前で跪いて英霊に祈りを捧げ始める。


 どうか神龍の元に魂を導かれ、次代では良き生を全う出来るように、ご苦労さま、そしてありがとうと、過ぎ去りし日を生きた彼らに……。


 そして、地球からの英霊よ、これからもカイトをお守りください……。




 ◆◆◆




 リシィの深い黙祷はあまりにも長く、一時間は続いた。


 僕は彼女の背後で最初は祈り、後は只々直立不動で待ち続ける。

 当然その間も人は来るので、いつの間にか僕たちの周囲は人集りが出来てしまっているんだ。見られている……と言うよりは、一緒になって祈っているようだ。



「ふぅ、待たせたわね。これで英霊を送り出せたと思うわ」

「お疲れさま、体は冷えていない?」

「大丈夫よ。けれど、そうね……カイトが……」


「申しわけない! 龍血の姫神子さまとお見受けしました、申しわけない!」



 リシィが何かを言いかけたところで、突然背後から謝罪の言葉を向けられた。


 振り向くと、枯れ木がスーツを着ているようにしか見えない人が、何度となく頭を下げている。鼻に丸縁のメガネを乗せた、気の弱そうに見える紳士だ。



「えーと、貴方は?」


「これは申しわけない! 小生はこの子らを教えている、教師のサラワァ リソインと申す市井の者、申しわけない!」



 紳士は謝罪のたびに枯れ木の頭部を揺する。これは謝罪じゃなくて癖だな。

 彼の背後には、十名ほどの子供たちがソワソワとこちらの様子を伺っていた。



「確かに、私がリシィティアレルナ ルン テレイーズよ。何か御用かしら?」


「あああ……良かった。こう見えて小生は小心者で、声をおかけしてよろしいものかどうか、気付いた時にはこうまで細くなっておりました。申しわけない!」



 ビフォーを見ていないので、どう細くなったのかはわからないけど、確かに枯れ木のようなんだ。比喩じゃなく、“枯れ木”そのものだ。

 確か“樹霊種”と言う植物の体を持つ種族で、身長はベルク師匠とそう変わらず、それでいて簡単に折れそうなほどに細い。



「姫神子さまにこのような場所で拝謁を賜るとは、奇跡にも等しい僥倖。どうか、子供らにも加護を賜りたく、小生頭を下げる次第であります。誠に申しわけない!」



 僕とリシィは顔を見合わせた。

 加護については良くわからないけど、僕は彼女の意向に反するつもりはないのでただ頷くだけだ。



「ええ、構わないわ。あなたたち、順番に仲良く並んでね?」


「はーい!」

「やったー! 姫さまー!」

「へへ! どけよ、俺が一番だ!」

「ちょっと男子ー、ちゃんと並ばないと姫さまに怒られるよー」

「オ、オラ、さいごでいい」



 人気者だな。全ての人ではないけど、大抵の人はリシィのことを知っている。

 インターネットがあるわけでもないのに、彼女の肖像が知れ渡っている理由は良くわからない。ただ、どこに行っても敬われるから、余程の権威なんだろうな。


 今回は加護とやらを受けるために、先生が頑張って頭を下げたのか。



「おお、この過ぎたる至極、小生枯れ果てるまで感涙する所存。大変申しわけない」

「いや、枯れないでください……」



 結局、子供たちは右往左往した後、リシィの前に横一列で並んだ。


 そうして、何やら子供の額に手を当てて金光で包んでいる。

 それを端の子供から一人一人順番に、掌で撫でるようにグリグリとも。


 途中で家族連れの子供まで数人増えたけど、リシィは気にした様子もない。終わる頃には倍に増えて計二十四人の子供が、彼女の加護を受けることになった。



「申しわけない……。ぐっ……このご恩かたじけなく……誠に感謝ここに極まれり……。うぐぐっ……申しわけない……!」



 先生は号泣だ。本当に枯れてもおかしくない。



「そこまで畏まらなくても良いわ。この子たちの未来に幸があるよう精一杯に込めたから、リソイン先生、後のことはお願いするわね」


「おお……申しわけない! 小生この子らが将来立派な英傑となるまで、力の限り大地に根を張りましょうぞ! それでは、一同これにて速やかに撤収……大変申しわけない!」


「姫さまー、ばいばーい」

「姫さま、ありがとー」

「う、うぐ、俺……俺……」

「ちょっと男子ー、しっかりしなさいよー」

「オラ、立派な騎士になる」


「「「騎士さまもばいばーい」」」



 先生と子供たちは何度も振り返り、見えなくなるまで手を降っていた。

 何だったのかは良くわからないけど、僕も気分は悪くない。



「リシィ、今の加護は何だったんだ?」


「あれはまだ安定しない子供の神脈に、力ある者の神力を流すことで、より良い方向に安定させる儀式のようなものね。本来は教会で行うものよ」


「へえ、じゃあ龍血の姫の加護となると相当だ。だから集まって来たのか」

「ええ、私も貴重な体験が出来たわ」

「それは良かった」



 そう言うリシィの表情は、笑ってこそいないもののどこか誇らしげで晴れやかだ。

 青天の霹靂ではあったけど、憑き物が落ちたようで本当に眩しく見える。



「それにしても、何だか拍子抜けね」

「ん? どうかした?」


「私……ずっとこの折れた竜角は無様で醜いものだと思っていたの。けれど、彼らは全く気にも留めないで、私の加護を受けてくれたんだもの。拍子抜けよ」


「うん、そうだね。皆にとって、リシィは竜角があってもなくても、多分どこまでも“龍血の姫”なんだ」



 リシィは、一歩二歩と僕を背に前に歩み出てから振り返った。

 西日が彼女の背から照らし、眩しくて表情は良く見えない。



「カ、カイトも……そんな風に思ってくれているの?」


「うん? 僕は“龍血の姫”と言うより、リシィはリシィ(・・・)かな」



 一瞬、彼女は光の中で震えたような気がした。

 目をしかめても、どうやったところで表情は見えない。



「そ、そう、ありがと……やはり貴方は私にごにょごにょごにょごにょ……」


「え? 何て?」

「なっ、何でもないわっ! 日が落ちる前に残りの買い物を終わらせるわよっ!

「えっ!? あ、ああ、わかった」



 結局、何と言ったのかは最後まで教えてもらえなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ