第七話 “迷宮探索拠点都市ルテリア”(挿絵あり)
「はぁ、はぁ、はぁ……はぁ、はぁー……疲れた」
「カイトさん、ここまでご足労おかけしました」
「お疲れさま」
「ご苦労さまですです!」
皆がいたわってくれる。
応接室を退出した僕たちは、長い長い階段を上り、息を切らせて最上階に辿り着いた。
足の傷は塞がったと言っても、完全には治っていないため、リシィとサクラが交互に肩を貸してくれてようやくだ。距離にして一、二キロありそうな階段は、迷宮に挑む者、迷宮から帰る者からしたら、正直どうかと思う。これも墓守対策かな……。
辿り着いた場所は広間になっていて、衛兵や冒険者と言った風体の人々が、そこら中で騒がしくやりとりをしている。
正面には大きく開いた門、差し込む光は赤みを帯びて、流れ込んでくる空気は汗ばんだ肌にかなり冷たい。
僕は無事に迷宮から出られたんだ……。
「カイトさん、外ですよ」
「ありがとう、本当に助かった」」
遠巻きに僕たちを、いや、僕を見る視線を受けながら出口に向かう。
僕は異世界人だ、故に目立ってしまっている。
周囲にいる人々は多種多様な獣人が最も多く、他には竜そのままな人、何故か透けている人、翼が生えている人、体が木で出来ている人、何だかわからない毛玉のような人?まで、統一性は全くない。
なるほど、『特徴のないことが特徴』とは良く言ったものだ。
「お、新しい来訪者かい? ここまで大変だっただろう、歓迎するぜ!」
「え? あ、ああ、ありがとうございます」
通りすがりに、衛兵風の男に突然声をかけられて驚いたけど、歓迎の言葉だったので少し安堵してしまった。
揃いの金属鎧を着ている人があちらこちらにいるので、衛兵の役割とは思って良いのだろう。
冒険者――“探索者”と言っていたっけ、彼等は思い思いの格好なので直ぐにわかった。目が合うと唾を吐き捨てられるようなこともなく、笑い返す人やサムズアップする人まで、これまでの懸念が嘘のように好意的だ。
何故だろうか……?
「カイトさん、“迷宮探索拠点都市ルテリア“に、ようこそお越しくださいました。私たちは、貴方を歓迎します!」
満面に笑ったサクラが右手を上げ、赤色に差し込む光の先を指し示した。
光が眩しい、目を細め、ぼんやりとした視界でその中に入っていく――。
目が馴染むにつれて、どこまでも際限のない景色が広がっていく。
既に太陽は落ちかけ、西陽に赤く染まった街並みを遠くまで望める。
広い、本当に広い世界が、広大な人の営みがそこにはあった。
「大きい……!」
ここまでとは、想像さえしていなかった、地平線まで続くかのような大都市。
高い位置へ出たのか、屋根を見下ろす場所で、僕はこの世界を初めて目にした。
眼下には、城塞都市を思わせる、重苦しい石造りの街並みが広がっている。
街を囲うように、迷宮の入口を中心とした壁が三重に張り巡らされ、街を横断する大きな運河と、その流れの先には対岸が霞むほどの湖もある。
上りほどではないけど、足元には再び長い下り階段があり、勘弁して欲しい思いとともに、だからこそ良く見えたこの世界に今は感謝した。
赤色に染まる街、初めて見たリシィの瞳と同じ鮮烈さが胸に沁み、涙腺が緩むのを感じる。死にゲーをプレイしていた時も、死線を潜り抜けた先で似た景色を見たな……だけど、これはその何倍も美しい光景だ。
そんな景観に圧倒されている僕が、気を取り直すのを待っていたのか、視線をリシィたちに向けたところでサクラが口を開いた。
「カイトさん、まずは後ろをご覧いただけますか」
そう言う彼女に従って、後ろ、正確には真上を見る。
先端の見えない巨大な壁……いや崖か、街にも見える。何だこれ?
吹き下ろして来る風は強く、かなり冷たい。
「これが、【重積層迷宮都市ラトレイア】です。この“大断崖”の全高はおよそ三千六百メートル、全長は正確に把握されていませんが、およそニ千キロメートル。露出している迷宮の最上部の高さは大断崖を上回り、内部は地下にまで及んでいるので、正確な規模はわかっていません」
「え……? これが迷宮……!?」
近過ぎて、大き過ぎて、全容は全くわからない。
ただ、“巨大”だと認識出来るだけの壁……“大断崖”。
一瞬“街”だとも思ったのは、超高層建築と言っても過言ではない、大断崖に張りつくように、遥か高みまで建物が連なっているからだ。視線を巡らすと自然の岩壁もあることから、間違いなくこれは“断崖”なんだ。
「これは……驚くしかないな……」
「私もテュルケも、最初に見た時は驚いたわ。信じられない光景よね」
「ですです! 吃驚しましたです!」
「そうですね。この大断崖は、遠くから見ないと実感の沸かない大きさですので……まずは下に降りましょうか。馬車を呼んでいるので、休めるところにご案内しますね」
「それはありがたい……」
サクラに続いて階段を降り始める。
だけど、足裏の怪我と、ここまでの疲労で既に筋肉は悲鳴を上げていた。
肩を借りて密着するのは心臓がビックバンを起こしそうなので、今はリシィとサクラの肩に手を添えさせてもらっているだけだ。これまで後ろについていたテュルケは、足を踏み外した時のことを考えてか、今は前にいてくれる。
ありがたいし、密着するよりはましだけど、これはどうにも恥ずかしい。
「カイトさん、何かご質問はありますか?」
「うーん……じゃあ、あれは何……?」
僕は、遥か彼方、空よりも更に高みにあるそれを指して聞いた。
空、いや恐らくは宇宙に浮かぶ、その存在は決して見逃すことの出来ない、巨大建造物がそこにあったんだ。
距離感が掴めない。遠い雲よりも、更に薄ぼんやりとしか見えないことから、かなりの遠方に鎮座する“何か”だと言うことだけはわかる。
「はい、あれはこのラトレイアに比類する、世界最大の【神代遺構】とされる【天の境界】と呼ばれる遺跡です」
間違いなく、地球人の概念の中にもある“スペースエレベーター”だ。
“オービタルリング”らしい部分も存在する。
ただし、そのものではなく、遠くからでもわかるほどに崩壊が進んだ残骸。延長するとリングになると思わせるだけで、その大部分が失われていた。
「この世界は凄いな……スペースエレベーターがあるとか。ファンタジーかと思っていたらSFだった……」
「カイトさん!? あれが何かご存知なのですか!?」
僕が呟いた独り言にサクラが驚いた。
リシィもテュルケも、目を見開いて僕に注目している。
「あ、いや、僕も詳しいことは知らないよ。僕達の世界でも、まだ計画以上のものは出来ていないし。簡単に説明すると、宇宙……空の上の世界に行くための港や、そこに物資を運び込む役割をするためのものだね」
勿論これはゲームからの知識で、自分なりに少し調べたことがあるとは言え、あまり誇れるようなものでもないし、必要以上に詳しくもない。
だけど、神妙な表情で頷いているサクラには、それでも十分だったようだ。
「実は……あの【天の境界】から落下した一部が、【重積層迷宮都市ラトレイア】の深層にあるとされる【神代遺構】だと言われていて、些細な情報でもとてもありがたいのです。カイトさん、本当にありがとうございます!」
サクラが尻尾を揺らし、勢い良くお辞儀した。
だけど、確かあれって、自力で位置の調整をしないとずれて行くはずだ……。
だとしたら、今もシステムが生きているってことにもなるのだけど……今は他にも聞きたいことがあるから、それは置いておこう。
「少しでもお役に立てたのなら良かった。それで、リシィから聞いた時も気になっていたけど、【神代遺構】と言うのは何?」
「はい、それについては、この世界の歴史からご説明になるので、落ち着ける場所に着いてからで構いませんか?」
「うん、その辺りはお任せする。僕自身、この景観に圧倒されているし、今はまだ混乱もしている」
「ふふ、では詳しい話は後日にして、まずはお疲れを癒やすことからにしましょう!」
「いやあ……本当にありがとう」
「いえ、“おもてなし”は大切ですからっ!」
……なっ!? こ、これは伝説の“ぞいポーズ”!
胸の前で拳を握り締め、己の強い意気を表情で表す、そんな姿だ。
おもてなしの心は大切だけど、僕が恐縮してしまうから程々で構わない。
この娘……最初の印象では、瀟洒で慎ましやかな雰囲気を感じていたけど、実際は所々で愛らしいと言うか、お茶目だな。
どうも、犬耳と尻尾のせいで“忠犬”をイメージしてしまうんだ……。
……
…………
………………
程なくして、僕たちは長い長い階段を下りきった。
長いようで短い迷宮での旅路は終わり、僕はこの時はじめて、“迷宮探索拠点都市ルテリア”に足を踏み入れた。
八城 サクラ ファラウェア