第六十三話 龍血の姫 街に出る 中編
一般区、ここは僕が想像していたものよりもずっと立派な都市だ。
流石に高層ビルはないけど、行政区や工房区よりも高い建物が並んでいて、多くの人で混み合う繁華街の様相となっていた。
直線の大通りの先には、ルテリアの最外周となる第三防護壁が霞んで見え、街の外からは絶えず人と馬車が連なっている。来る人も帰る人も皆が皆大荷物を抱え、それだけの取引がこの街では活発に行われているんだ。
都市総面積のおよそ半分を一般区が占めていると言うのだから、その規模は計り知れず、最早“近代都市”と言っても過言ではない。
幻想世界と高を括って何となく中世感を思い描いていたから、本当にこの世界には驚かされるばかりだ。
“迷宮探索拠点都市ルテリア”……人口は八十万と、日本だったら政令指定都市の規模となることを決して忘れてはダメだろう。
僕たちは壁沿いを東西に伸びる二車線の横路を渡り、繁華街の喧騒に入る。
リシィは物珍しそうに視線を巡らせ、特に興味深そうに見上げているのは、石積みとコンクリート混じりの銀座辺りにありそうな大きな建物だ。
「リシィも始めて? 外から来たのなら、大通りを通るんじゃ?」
「いえ、私たちは湖から船で来たのよ。カイトと同じで始めてなの」
「そうだったのか。じゃあ気の済むまで見て回らないと」
「ええ、必要なものも買い揃えるから、荷物持ちもよろしくね」
「ああ、僕に任せて。神器のおかげで絶好調だ」
「それは頼もしいわ」
必要なもの……食材はサクラとテュルケが揃えるし、探索に必要なものは工房区や探索区の商店だから、日用品だろうか。
旅に続く旅で、個人の持ち物はあまり持ち歩けないだろうから、生活必需品なんかは今まで宿処にあったものを使っていたのかも知れない。
本当は、竜角を取り戻したら国に帰るつもりだったのかもな……僕が引き止めてしまった。
そうだ、リシィは一国の姫である以上は、必ず国に帰らなければならない。
その時に僕は……いや、まだ実感が湧かないだけで答えは出ている。
地球に帰りたいとは思うし、新作ゲームも気になって仕方ないけど、この気持ちは天秤にかけるまでもなく僕自身の向かう先を決めているんだ。
ただ、彼女とともに在りたいと……。
「ん~、ここは何かしら……。商店よね……?」
リシィは早速、先ほどから興味を持っていた建物の入口を覗き込んだ。
両開きの扉が二枚、開放された中は玄関口のようで中にも同じ扉がある。
この構造はあれだな、どこからどう見ても間違いなく“百貨店”だ。
「ああ、商店と言うより百貨店だろうね。案内板があるよ」
「ひゃっかてん?」
「えーと、ひとつの建物の中にいくつもの店を集めた大きな建物のことを、僕の世界では『百貨店』と言うんだ。大体は階ごとに取り扱う商品が変わるね」
「へえ、建物の中にまた建物が……。王都でもそんな建造物はなかったわ」
「この街は来訪者もいるし、その知識が活用されているんだろう」
建物の中に建物があるわけじゃないんだけど、認識としてはわかり易い。
流石に馬車用の立体駐車場なんかはなく、パーキングの道路標識には馬と矢印が描かれている。建物の裏側に馬車止めがあるようだ。
「とりあえず、中に入ってみようか」
「ええ、そうしましょう」
防護壁にほど近い大きな建物に入ってみると、中は想像通りの百貨店だ。
表の扉を入った玄関口には案内板があり、やはり類似する商品ごとに階が分けられている。
当然BGMやエスカレーターはなく、少し光量を抑えられた店内は仕切りで区切られ、中世の貴族屋敷の階を増やせばこんな感じになるんじゃないだろうか。
それなりに洗練された雰囲気ではあるものの、現代的なモダンさとは違う華美た方向なのは、この世界故のご愛嬌だ。
「リシィ、目的のものはありそう?」
「ええ、まずは衣服かしら。探索者をやっていると仕方ないけれど、いつも代わり映えしないのは……その、恥ずかしいわ」
リシィは少し眉根をひそめ、自分の格好に視線を向けながら言った。
姫である以上に、女性として身嗜みを気にするのは探索者であっても当然だ。
僕的には、色素の薄いリシィに黒のワンピースと青の革鎧は映えるから好きなんだけど、女の子らしいガーリーな格好も見てみたい。
旅に出る前はどんな格好をしていたんだろう、姫としての装いか……。
「うん、どうしても着回すことになるのは仕方ないよね。インベントリスキルでもあれば良かったんだけど」
「い、いべんとすき……?」
「いや、創作物の話……」
平穏なイベントなら好きで、歓迎します……。
―――
僕たちの入った建物はどうやら六階建てで、目的の衣服類は二階にあった。
建物のほぼ中央を貫く螺旋階段を上ると、ワンフロアが全部服屋でそれも女性ものが大部分を占めている。
最近では当たり前になった、来訪者による地球からの知識や技術の伝播。当然それは裁縫や染色の技術にまで及び、このルテリアでは比較的質の高い衣服が、一般の人々にも困らない値段で手に入るようになっているそうだ。
陳列された商品の中でも、特に種類が豊富な色は“青”。
この世界で青は神力の色で、それは特に神聖視されるものらしい。
特に独占されていたわけでもないらしいけど、以前は一部の高貴な人々が身に着けるだけで、一般には“染色”の概念自体がなかった。
それが、来訪者の知識の大盤振る舞いでいつからか一般にも馴染みのあるものになり、その中でも人気色が“青”と言うことだ。
リシィの革鎧は前者のもの、この世界の種の中でも特別な存在だから。
「凄い……こんなに品揃えが豊富なのは、今まで見たこともなかったわ」
「それもそ……」
「あらあら? あらあらあらあら、可愛らしい女の子がいると思ったら、カイトくんとリシィちゃんじゃない~。帰って来ていたのねぇ~」
店先で店員と話していた着物姿の女性が、突然振り向いて声をかけてきた。
「お、おお……? ユ、ユキコさん、お久しぶりです。先日帰って来て、ようやく落ち着いたところです」
「ご機嫌良う、ユキコ。久しぶりね、壮健そうで何よりだわ」
「うふふ、二人こそ元気そうね。良かったわ、お母さん安心しちゃった」
ユキコさんは、いつの間にか僕たちの母親になっていたようだ。
それにしても、驚いたのは着物で走り難いはずなのに、草履の裏にローラーでもついているのではと疑う速度で接近されたこと。擬音にするとシュッ。
実は武道の達人……この人なら充分にあると思います。
「ユキコさんはここで何を?」
「ここには私のお店があるのよ。ルテリア中に着物を卸していて、和服をお探しならうちのお店をよろしくね、うふふ」
「和服……」
隣ではリシィが、何故かゴクリ……と生唾を飲み込むような仕草をしている。
和服に興味があるのか、僕自身も着物を着た彼女は見てみたい。
綺麗なプラチナブロンドだから、映えるような濃い色が良いな。異国のものでも、どんなものでも似合ってしまいそうなのは、流石は姫さまと言ったところだ。
特に使い道のない貯金が結構溜まっているから、何か贈れたら……。
「リシィ、和服を見てみる?」
「い、いえ、興味はあるけれど、今は日常で着れるものかしら」
「まあまあ、そう言うことなら和服以外もあるわよ。今直ぐお店にいらっしゃいな」
問答無用なところは相変わらず、ユキコさんにはどうも頭が上がらない。
この世界で逞しく生きていると、地球人でも皆こうなれるのか。
揺るぎない逞しさ、是非僕も見習わせてもらいたい。