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第六十ニ話 龍血の姫 街に出る 前編

 馴染んだ宿処での朝の食卓。

 円卓には僕の左にリシィ、右にノウェムが座っている。

 リシィは紅茶を、ノウェムは甘党らしくミルクティに口をつけていて、こうして大人しくしている分には平穏を享受出来ていた。


 そう言えば、ノウェムにひとつ聞いておきたかったことがあった。



「ノウェムの能力は具体的にどう言うものなんだ?」


「ふむ? 我の能力は主様に見せた通り、離れた空間同士を繋げて移動するものだ。攻撃手段にしようとは、今までほんの少しも思わなんだぞ」



 それは僕も把握している部分だ。



「他に移動出来る距離とか、何か制限はないのか?」

「距離の制限はない。視界が通ることが条件だが、地平まではひとっ飛びぞ」

「ん? 壁の向こうとか、密閉された部屋の中に移動は無理ってこと?」

「その認識で良い。小さな隙間からでも“見る”必要がある」



 つまり、“見る”ことで座標を固定しているんだろうか。

 そう言うことなら、“穿孔”能力を持つアディーテとも相乗効果シナジーとなる。


 キャラ同士のスキルシナジーがあるRPGは大好きだったな……。



「他には?」


「そうだな、自分以外を通すのは負担が大きく、我はしばらく行動不能に陥る」


「あ、やはり砲狼の時は……」

「良い、あの時は我も覚悟をしていた。人の、主様の役に立つ経験は大層新鮮で、とても心地良いものであったぞ。くふふふふ」



 ノウェムはコロコロと喉を鳴らして笑った。


 あどけなさの残る顔立ちは彼女の種が持つ特徴で、実際には幼女じゃない。

 だけど、ミルクティを美味しそうに飲む様は、初めて会った頃の人を食った感じはなく、外見年齢に相応しいものだ。

 あれも彼女なりの処世術の一種だろうか、何にしても最近は常に嬉しそうにしているので、こうして連れて来て良かったと思う。



「ノウェム、改めてありがとう。知らなかったとは言え、負担をかけた」

「くふふ、そう思うのなら頭を撫でてくれても良いのだぞ」



 そう言ってノウェムは綺麗な銀髪を寄せて来たので、僕がお礼代わりに一撫でするとまた嬉しそうに笑った。


 その時、ティーカップを勢い良くソーサーの上に置く音が響く。


 音のした左隣を見ると……あわわ、リシィが膨れっ面だ



「あ、あの、リシィも頭を撫でようか?」

「ふざけないで! 必要ないわ!」

「ごめんなさい!?」



 瞳の色は赤と黄のグラデーションで、間違いなく怒っている。

 恐らく僕は、確実に女心と言うものがわかっていない。最近のリシィは表情に出してくれるようになったけど、かえって感情がわかり難くなったんだよな。

 しかも、ここまで来ても相変わらず笑わないので、益々僕は混乱している。


 あの夜、彼女の正式な騎士となった夜、確かに一度リシィは笑ったんだ。


 あまりにも儚い、掌の上の淡雪が解ける間もないほどの静かな微笑。

 蝋燭の灯りに照らされた彼女の微笑みは、僕の心臓を一瞬で三度も撃ち抜いた。

 心に留めておくには酷く短くて、それを永遠のものにしたいと思うも、だけどあれから今日まで二度と笑うことはなかったんだ。


 うーん……竜角を取り戻しただけじゃダメなんだろうか……。



「カイト、そ、そんなに見詰めないで……」

「あっ、ごめん! また考えごとをしてた、はは」


「……まぁ、良いわ。今日は出かけるから、貴方も付き従いなさい」


「うん? わかった」



 何だろう、しばらくは休暇も兼ねているので、僕も特に予定はない。



「我も行くとしよう。主様の行く先に妻が同道するのは当然……」


「ノウェムさんはダメですよ。無断で迷宮に入り、行政府に呼び出されて怒られたばかりではないですか。今日は探索証発行の件でギルドに来ていただきます」



 サクラが朝食を運びながらノウェムに告げた。


 そう、ノウェムは探索証なしで迷宮に立ち入って、僕らがギルドで事情を聞かれている間に行政府から呼び出されていたんだ。

 特にお咎めはないみたいだけど、次はそうはいかないので、これから探索証を発行してもらうことになっている。



「えー」

「『えー』ではないです。私たちがまた迷宮に挑む際、ノウェムさんだけ置き去りになりますよ?」

「それは困る! 絶対に嫌だ! 我は主様と離れとうない!」

「それではお願いしますね」



 流石はサクラだ、有無を言わさない。



「むぅ、主様ぁ……」

「僕に懇願されても、また怒られるのはノウェムだよ」

「うあーんっ!!」



 あ、泣いた。


 心なしかしたり顔のリシィが気になるけど、こればかりは仕方ない。

 迷宮行は長旅になるから、しっかり探索証を受け取ってもらわないと僕も困る。



「ノウェム、僕はどこにも行かないよ。ここは僕の家であり、今となっては君の家でもあるんだ。サッと行って、サッと帰っておいで」


「ぐすっ、わかった……。主様がそう言うのであれば、我は行って来る」

「良し」



 僕はノウェムの頭を撫でてあげた。

 


「むーっ! 主の前でこの浮気者っ!!」

「ごめんなさいっ!?」



 つ、つい思わずだったんだけど、またリシィが反応した。




 ―――




 今、僕とリシィは一般区へと向かい、大通りを南下している。

 早く目が覚めたせいか時刻はまだ朝七時前で、それでも大通りは多くの人々と馬車が行き交い、店舗はまだ閉まっているけど準備で忙しそうだ。


 そして、例によって僕たちは目立っている。

 右腕と右脚だけが灰色の甲冑の来訪者と、隣には通り過ぎる人が全員振り返るほどの綺麗な姫さまだ。日本だったら『リア充爆発しろ』の案件だ。


 リシィはいつもの出で立ちで、黒のノースリーブワンピースに上は青の革鎧を装備し、足元はロングブーツ。黒杖も腰に下げているけど、コートは着ていない。

 肩を出していて寒くないのかと聞いたことがあるけど、どうやら竜種は寒耐性があるらしく、来訪者ほど寒さを感じないらしい。


 そう言えば、折れた角には見慣れない青色のリボンが結ばれている。



「リシィ、どこに行くんだ?」


「ええ、ルテリアに来てからは竜角のことばかりで、あまりこの街を見て回ったことがなかったから、まずは市場に行ってみたいの」


「そうか、そう言えば僕も一般区には立ち入ったことがなかったな」



 宿処は行政区にあり、今まで移動しても探索区との間を往復するばかりだった。

 この世界に来てから色々なことがあり過ぎて、知識を得るにしても、生活の基盤となる足元は見ていなかった気がする。


 良い機会だから、しっかりとこの街を見て回ろう。





 リシィと肩を並べて大通りの緩い下り坂を歩く、テュルケも今はいない。

 包丁を研ぎに出すとか言っていたけど、あの戦闘用包丁の柄巻き、日本刀と同じものだったんだよな。メイドインジャパン?


 何にしても、今日は珍しくリシィと二人きりだ。



「そう言えばカイトは……その、私の竜角は身に着けてくれているの?」

「勿論。ほら、丁度良い大きさの小物鞄があって、この中だよ」



 僕の腰回りでは、ベルトに通された竜角用の鞄が揺れている。

 鞄は少し大きめだけど、重さはかえって心地の良いものだ。



「そう、大事にしてくれているのね……」

「ああ、僕が持つものの中では一番大切だから」

「んっ!?」



 あれ、急にリシィの脚が早くなった。

 人の合間をせかせかと抜けて進んで行く。


 やがて近づいて来たのは第ニ防護壁の大門。

 大門と言っても迫り上がり式で門自体は路面の下、大通りの上に架かる防護壁はアーチ状になっている。四車線分のアーチの中央には支柱もあり、基部がどう見てもコンクリートなので、強度は申し分なさそうだ。


 ルテリアは二層になった岩盤の上にあり、この第ニ防護壁が上岩盤の端でその向こうが崖になっているらしく、一般区に抜けるには昇降機を使うか、斜めに掘削された大通りを下れば良いと説明された。



「リシィ、人通りが多くなってきたから、あまり離れると迷子になるよ」

「あ、ごめんなさい。す、少し気が急いてしまったわわわわっ!?」



 リシィの視線が、引き止めるために思わず握った僕の左手に注がれた。



「あっ、ごめん」

「い、いえ、気にしないで……」



 直ぐに離したけど、リシィの右手がワキワキと何か面白い動きをしている。

 とりあえず、従者が主を見失うのはダメだよな。出来るだけ、手を伸ばせば直ぐに触れられる位置を心がけよう。


 周囲は一般区に向かうほど人通りが増え、改めて異種族が混在して街を歩く光景は不思議だ。

 スライムやゴーレム、幽霊染みた半透明の人まで普通に歩いていて、あれで話しかけられると案外気さくだったりするから、不思議以外に言いようがない。



「へえ、壁を隔てるだけで随分と趣が変わるのね」

「本当だ。無骨な探索区と違って明るく華やかだね」



 僕たちは第ニ防護壁の真下を抜けた。

 居住区と商業区がある一般区画、経済の要ともなる都市の玄関口だ。

 このルテリアでしか入手出来ない“墓守の素材”があるため、この街の繁栄は他の都市の比ではないと言う。


 改めて僕は、迷宮の入口から見下ろすだけじゃ決して気が付くことのない、迷宮探索拠点都市ルテリアの真の大きさを知ることとなる。

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