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第六十一話 やめて! 私のために争わないで!

 ――夢を見ていた。



 頭上には孤独を感じてしまうほどの星の瞬き。

 そう感じるのは当然だ。だってそれは、命の灯火が消える瞬きだから。


 幾千もの天駆ける船から夜空を明るく照らす砲火が飛び交い、地上では鋼鉄の巨兵を駆る者たちと、獣頭の巨人たちが正面からぶつかり合い血を流していた。

 人々の盾となった翠色の龍が地に墜ち、苦し紛れに光翼を振るわせて草花を芽吹かせるも、それもやがて虚しく散ってしまう。


 まさに屍山血河。


 大地は赤く染まり、人々の流す血の涙は幾筋もの大河を形作っていく。

 積み重なる骸は腐海に沈んだ。漂う腐臭は人の心の膿となった。


 そんな中で、乳飲み子が産声を上げる。



 ……目を逸らしたくなる光景。

 だけど、固定された視界は目を閉じることさえ許されない。


 ただ見ることしか出来ない、嘆きの星の最後の“記録”。



 そして、オービタルリングから地上に向けて青光の柱が撃ち下ろされた。

 青光は都市を人ごと灼き、文明の全てを飲み込み、岩盤を引っ繰り返して人々の上に降らせる。残される大地の爪痕……蹂躙される世界……。


 そうだ、ここで世界は一度終わったんだ……。



「カイ……くん……」



 僕の足元に血塗れの少女が倒れていた。


 彼女はもういない……。生きているのか、死んでしまったのかも聞かされないまま、日常に埋没していった幼い日の“記憶”だ。

 もう一度会って謝りたいと思いながらも、二度と会えないものと思って諦めた、僕の幼馴染……。


 あれはそう、まだ小学生にも上がっていない夏の日――。





 薄明かりの中でゆるりと目が覚めた。


 ぼんやりとした意識の中、窓から差し込む明かりで早朝なのだと認識する。

 悲しい夢でも見たのか、目尻に溜まった涙が乾いた瞳を潤していて、室内には自分一人しかいないのに何だか気恥ずかしい。


 寝る前に本を読むのは程々にしないと、目が霞んでしまう……。



「うーん、それにしても何だっけ……。何か、大事な夢を見ていたような気がするけど……。どうにも思い出せないな……」



 ベッドの上で体を起こして辺りを見回すと、場所は宿処の自室だ。

 どこか新鮮な感じがするのは、やはり迷宮から帰って間もないからか。



「ふわぁ……やっぱり、野宿よりも起きる時が楽だな……」



 早く起き過ぎた気はするけど、こんな静かな朝もたまには悪くない。

 枕元の懐中時計を見ると、まだ時刻は早朝の四時だ。昔は、この時間までゲームをしていたこともあったっけと苦笑が漏れる。

 サクラが起きる前に、簡単な朝食の準備でもしておこう。


 ……しかし、こんな穏やかな時間こそ決して気を抜いてはダメだったんだ。

 起き抜けの思考で僕は状況に気が付くこともなく、事件を引き起こした。


 それは、ベッドから降りようと手をついた瞬間だった。



 ――ムニュン



「ほわっ!?」



 自分のベッドの中にあるまじきすべすべぷにぷにとした触感に、僕は思考が停止して何となくで布団を捲ってしまった。


 ……


 …………


 ………………



「キャーーーーーーーーーーーーーーッ!?」



 宿処中どころじゃなく、ひょっとしたら街中に悲鳴が響き渡ったかも知れない。

 当然、静寂を切り裂いた悲鳴はまだ就寝中だった隣人たちを叩き起こし、すわ何事かと部屋に雪崩れ込む切っ掛けを与えてしまった。


 ちなみに悲鳴を上げたのは……僕だ。



「カイト! 何ごと!?」

「カイトさん! ご無事ですか!?」

「大丈夫ですです!?」



 部屋の扉を勢い良く開けて、リシィと続いてテュルケが駆け込んで来た。

 悲鳴に叩き起こされたせいかリシィの髪は寝癖が残り、青色のネグリジェは肩紐が落ちて白い肌が大きく露わになっている。

 サクラに至っては何故か窓から入って来て、窓枠の上で屈んだ状態は、開けた浴衣から覗く太股が起き抜けに刺激が強過ぎる。


 そうして、しばしの沈黙が流れた。皆、状況を把握しようとしているけど、部屋の中にはベッドの上で体を起こす僕だけなので、意味がわからないんだろう。


 時間経過とともに、この状況は酷くまずいと意識がようやくはっきりしてきた。



「うにゅ……何だ、朝から煩いな……。くふぁ~、起こすなら起こすで、もう少しゆるりとは出来ぬのか?」



 僕の横、ベッドの布団の中からノウェムが体を起こした。

 呑気に目をこすり、両腕を思い切り上げて体を伸ばしている。真っ裸で。



「カ~~イ~~~~ト~~~~~~?」


「ひぃっ!? 違う、不可抗力だ! 僕は何もしていない!」



 リシィが蔑むように紫色の瞳で見てくるけど、それはまだ良い。良くないけど!

 それよりも、サクラの何も言わない満面の笑みと、テュルケがどこかから取り出した包丁は絶対にダメ! 僕は不死身じゃないんだから! 限界はあるから!



「おや、皆して揃いも揃って何かあったのか?」

「ノ……ノウェ、ノウェム……な、なんで僕のベッドに」


「くふふ、我は他の者と違ってこの身酷く薄いからな。このような寒い日は人肌が恋しくて、こうして主様に暖めてもらっていたわけだ」



 キャーッ!?


 そう言って、ノウェムはピトリと寄り添ってくる。

 この状況でこれは火に油だ、お命頂戴されかねない!


 考えろ、考えるんだ、例えどんな不条理であっても、この僕の手で覆す!


 だ、だがしかし……この状況はどうやって……?



「はぁ……状況は把握したわ。ノウェムがカイトの部屋に忍び込んで、ベッドに潜り込んだのは一目瞭然だもの。良い加減にして、脱ぎ散らかした服を着なさい」



 おお……女神降臨か、流石は姫さまだ。

 リシィは床に脱いだままになっていた服を拾い集め、こちらに渡してくる。


 脱ぐ必要はなかったよな……流石に人肌で温めるほど寒くはない。

 ノウェムに与えられたのは二人部屋だから、確かに僕の一人部屋よりも寒いのかも知れないけど……。



「むぅ、少しは良いではないか。我は人に寄り添える機会など、これまで一度たりとてなかったのだから」


「うっ……それでもダメなものはダメなの! カイトの目に毒だから早く服を着て!」


「なっ、失礼な! 確かに我はサクラやテュルケのように、抑揚のある体つきには生涯なれぬ。だがしかし、人の目に毒となるような不摂生はしておらぬぞ!」


「あっ!?」

「あうっ!?」



 ノウェムの言葉を受けて、サクラとテュルケが起き抜けの自分の状態にようやく気が付いた。頬を染めてはだけた服を押さえ、いそいそと身なりを整えている。



「何故引き合いに出すのがサクラとテュルケだけなの! た、確かに私は少し細いけれど、均整は取れているつもりよ! ぬぬっ脱いだら凄いんだからっ!」



 リシィが変なところに食いついた。それは充分にわかっていて、華奢だけど僕からしてみたら理想そのもの、別に張り合う必要のないことだ。


 だと言うのに、僕の目の前で姫さま同士のキャットファイトが始まった。



「良いから服を着なさい!」



 ごもっともです。



「嫌だ、寒い!」



 変なことを言うね……服を着ると寒いとはこれ如何に?

 セーラム高等光翼種の特性について、もう少し詳しく。



「服を着てーーーーっ!!」

「いーやーーだーーーーっ!!」



 やめて! 喧嘩はやめて!



「ははぁん、さてはおぬし、そこのちびっ娘の体型を羨ましいと思うておるな。王族に生まれながらにして、俗よなあ……くふふふふ」


「なっ!? 何故、急に……テュルケは、テュルケはっ、テュルケなんだからっ!」

「ですです! それに、『ちびっ娘』と言ったらノウェムさんの方が小さいですです!」



 実に答えにはなっていないし、食いつくところも違う。

 今直ぐに止めたい。だけど、僕にはどうすることも出来ない。



「ほほぅ、ならば誤魔化さずとも口にすれば良いのだ」

「な、ななな何を?」


「私もカイトと一緒に寝――」



 ――ビターンッ!!



「痛いっ!?!!?」


「あっ」

「あっ」



 口を塞ごうとでもしたのだろうか、リシィが勢い良く振った右腕をノウェムはきっちりと避け、最終的に僕の頬が引っ叩かれてしまった。



「カイト!? ごめんなさい、勢い余って……」

「おぬし、これでは主失格よなあ……悔い改め、後のことは我に任せ颯爽とこの場から立ち去るが良い。くふふ」

「騙されないわ! 全部貴女の筋書き通りなんでしょ!? こうなったら引き摺ってでも……」


「お二人とも、良い加減にしてください。カイトさんが困っています」



 そして遂にボス、いや、首領ドンが動いた。

 二人を見る笑顔は、しかし鬼気迫るようで笑ってはいない。

 白い朝もやと低い気温の中、室内では陽炎が立ち上って怒気を燃やす。


 人はこんな時に語彙が吹き飛んで、言葉をひとつしか持たなくなるんだな。



 ――やばい。



 もし世界が終わるとしたら、こんな他愛のない日常に降り注ぐのかも知れない。

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