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プロローグ

 ルテリアに戻った次の日、私たちは探索者ギルドに訪れていた。



「テュルケ、何か嬉しそうね?」



 ギルド待合室の長椅子に腰を下ろし、傍にいるのはテュルケだけ。

 彼女はそのまま歌い出しそうな笑顔で、足先でリズムを取っているわ。


 待合室では探索者が代わる代わるに入れ替わり、喧騒の中で遠巻きにされるのは少し落ち着かない。

 “軍師”と“龍血の姫”……いつの間にか、私たち二人のいるパーティとして知られていて、こうしているだけでも頭を下げる人がいるの。



「ですです! やっぱり迷宮の中より、お外の方が安心出来ますです!」


「それもそうね。ラトレイアの中はあまり迷宮とは思えないけれど、やはりどこか空気が違って窮屈だものね。外の空気は澄んでいて気持ち良いわ」


「ですですっ!」



 【重積層迷宮都市ラトレイア】の中には“世界”がある。


 迷宮の内部と言うよりは、地上と何ら変わりない世界がそこにはあるの。

 けれど、どこか空気が……いえ、時が止まっていて、一般の迷宮のような閉塞感はないのに、長く滞在すると息が詰まってしまう場所。


 本当に、何なのかしら……。



「カイトさんとサクラさん遅いですぅ」

「ええ、時間がかかっているわね。一緒でも良いと思うのだけれど……私の一番の騎士と離されるのは不服だわ」


「うふふ~、お嬢さまは本当にカイトさんのことを大切に思ってますです!」


「なっ、ななな何を言っているのっ、違うわっ! カイトは私の唯一の騎士で……そ、そうっ! 所有物なだけだわっ!!」



 うぅ、私は何を言っているの……誤魔化したところで、テュルケには隠せないんだから……意地を張っても仕方ないのに……。


 彼女には頭も上がらない、本当にニコニコと嬉しそう……。



 今、カイトとサクラは別室で話を聞かれている。

 別に変な話ではなく、未討滅だった墓守を討滅したんだもの、個別の事情聴取が必要とのことで、サクラは同道したギルド職員だから一緒なだけ。


 羨ましいわ……。


 ……って、わ、私はまた何を、別に少し離れるくらいは良いじゃない。

 つ、常に一緒にいられるわけじゃないんだから……。


 うぅ……私ったら、あの夜からまた変になっているわ……。


 テュルケも私の顔を見ながら、より一層の笑顔になっている。

 顔に出ているのかしら、だとしたら恥ずかしい……。


 ……むぅ、これも皆全てカイトのせいね。

 いつだって私を悩ませてくれるんだから、休暇中はただじゃおかないんだから。


 本当にカイトったら、どうしてくれようかしら!




 ―――




 私は待たされている間に、彼との休暇中の予定を考えていた。


 どれくらいの時間が経ったのか、心地の良い思索から頭を上げると、迷宮の階段の方が騒がしくなっている。悪くない時間だったけれど、普段のギルドの喧騒とは違ってどこか慌ただしいのが気になるわね。


 階段の付近を見ると、探索者が集まっていて聞こえるのは歓声ばかり。

 カイト……ではないみたい。二階に続く階段は待合室にもあるから、彼だったら降りて来ればわかるもの。


 いつの間にかテュルケが様子を見に行っていて、今戻って来た。



「何かあったの?」

「はいです、有名な探索者の人が帰って来たみたいですです」

「そう?」



 私たちも歓待されたから、ここではそう言うものなのかしら。

 けれど確かに、カイト以外にも功績を挙げてくれる人がいないと、彼に負担がかかるばかりだわ。例えパーティが違っても、探索者同士は頼りになる仲間なのね。


 それなら、私もその人に一目だけでも会って労いたいわ。


 そう思って立ち上がると、一人の探索者と目が合った。

 迷宮からの階段から、ギルドの入口に向かって歩いて来た少女。

 彼女を中心に輪が出来ているから、歓待されているのは彼女のようね。


 ……日本人?


 その少女は、カイトと同じ黒髪が腰まで伸びていて、身体的特徴がないことから来訪者なのは間違いないわ。


 けれど、前髪の半分から脇までの房が真っ青になっているの。



「あはっ!」



 私を見た少女は明るく笑い、ほんの数歩の距離をわずか一歩で駆け寄った。



「貴女知ってる! えーと、えーと……あれ、誰だっけ?」



 彼女の背丈は私とあまり変わらず、軽装から覗く手脚は羨ましく思うほどに引き締まり、とても健康的で靭やかそうだわ。

 けれど、瞳の色はカイトと同じなのに、瞳孔の奥には青い光が揺れていて、私を見ているはずなのにどこか虚空を見ているようで少し怖い。



「貴女、無礼です! お嬢さまから離れてくださいですです!」



 テュルケが私と彼女の間に割って入り、小さな体で精一杯に立ち塞がった。



「あっ、ごめんなさい! えーと確か、りゅ、龍の人? あれ?」

「“龍血の姫”さまですです! 間違わないでくださいです!」



 ルテリアに来た当初はフードも被って素性を隠していたのだけれど、『龍血の姫がいる』と言う話が広まってしまってからは、あまり気にしなくなったわ。

 彼女もその話を聞いたのか、私を見て“龍血の姫”だと気が付いたようね。


 私はテュルケの前に出て、彼女にお辞儀をする。



「私の名はリシィティアレルナ ルン テレイーズ。始めまして、異邦の人」


「あはっ! よろしくね、龍のお姫さま!」



 少女が私の手を握って、縦に勢い良く振るった。

 握手はカイトから聞いたわ、日本人は挨拶と同時に手も握ると。



「あの、貴女は?」


「私はルコ イオクラ、来訪者だよ。『ルコ』って呼んでね」



 聞いたことがある……以前、話に出て来た日本人の名だわ。



「あっ、もう行かないと。またね、お姫さま!」



 少女、ルコ イオクラは、返事する間もなくギルドから出て行ってしまった。

 こちらを遠巻きにしていた探索者も解散し、ギルド内はいつもの喧騒に戻る。


 一体何だったのかしら……。



「もーっ! ちゃんと礼儀は弁えて欲しいですですっ!」

「え、ええ……」



 テュルケは彼女の態度に憤慨しているけれど、私はそれよりも、彼女の貼りついたような笑顔がとても気になったの。

 笑っているようで笑っていない、何かを隠しているような……ううん、とても大変な目にあってそれでも笑っている、そんな感情が込められた笑顔……。


 あれはそう、恐らくは多くの“死”を見て、それでも笑うことを選んだ人だわ。



「けれど、彼女はどこかカイトに似ていて、不思議な魅力もあったわね」

「ええーっ! そんなことないですですーっ!」



 どうしてそう思ったのかはわからない。

 それでも確かに、私は彼女に彼の面影を見たの。


 ルコ イオクラ。私はこの日、一人の日本人の少女に出会った。

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